第八十二幕
「……リアナ皇女!」
不意に、一人の女性の声が聞こえた。
「ただ今、戻りました。あの…… 皇帝陛下は……」
アロッサは、どこか落ち着かない様子で、息を切らしながら応える。
「早いじゃない。……お父様なら、もう行ったわ。相変わらず多忙よね……」
「そうでしたか…… えっと…… これから、どうされますか?」
姫は、どこか想いに浸る様に、天井を見つめた。今、部屋に戻ると、ミーシャと鉢合わせるかもしれない。万が一にも、ミーシャが上の階から降りてくるところをアロッサに目撃される訳にはいかない……
「少し、外回りに行かない? 風に当たりたいから」
姫は、そう言うと静かに足を踏み出した。
——
「……姫様?」
男は、扉の前で壁にもたれ掛かる姿勢のまま応えた。よく見れば、その隣には、一緒になってもたれるミリアが見える。
「随分と遅かったですね。お二人で何をされていたのですか?」
「別に…… ちょっと散歩に行ってただけよ。偶には、アロッサとも話してみたかったから。気にしなくて良いわ」
「ん? アロッサ! 貴方、リアナ様の、お手を煩わせたんじゃ……」
「ち、違います! 違います! 私、本当に何もしてません!」
「"何も"しなかったのですか? 後で、話があります。私の部屋に来なさい」
「ええ…………」
アロッサは、酷く怯えた様子で応えた。
「そう言えば、ミーシャはどうしたの? まだ、中にいるの?」
「ミーシャ様でしたら、既にご自身の部屋に戻られましたよ。向かわれますか?」
「いや、いいわ…… 今日は、もう疲れたから部屋で少し休む。また、何かあれば呼んでちょうだい」
「そうですか……」
姫が、そう言うと三人の使用人達は、心配そうな表情で姫を見つめた。そんな、様子を気に求めずに、一人部屋へと足を運んだ。
"ガチャッ"
扉が、閉まった。姫は、ただ一心不乱に引き出しを開く。
「良かった…… ミーシャ、貴方なら、やってくると思ったわよ。これで、貴方は死なずに済む……」
その視線の先には、二本の鍵があった。お父様の本は、この引き出しの中に入っていた。そして、今それは無い。代わりに置かれた二本の鍵は、朝私がミーシャに渡したもの。これが意味するものは一つしか無い。作戦成功……
姫は、思わず、笑みを浮かべた。
ただ、まだ油断は出来ない。勝負はここからよ。今頃、お母様が部屋で本を見つけて、それをお父様に報告しているはず。そうなれば、お父様は必ずこの部屋に来る。それが、最後の正念場……
姫は、そっと何かを待ち構えるかの様にベットに腰掛けた。
"トンッ トンッ"
不意に部屋の扉が叩かれた。
「姫様……」
「どうかしたの?」
「皇帝陛下がお越しです」
「通しなさい」
姫の、言葉に反応するように、扉が動く。




