第八十幕
まさか、一日も空いてしまうとは思いませんでした。申し訳ありません! 色々と試行錯誤していて、どうしても時間がかかってしまいました。次回からは、またいつも通りの定期更新を行う予定です。ただ、次回は8日になるので、ご注意を。
それでは、本編へどうぞ。
「リアナ? その…… ミーシャは来ないのかしら?」
「ミーシャ……? なぜ、お母様が、その様なことを気にされるのですか?」
皇后は、思わず言葉を詰まらせた。
「いえ…… ただ…… 体調でも悪いのかと思って……」
「ご安心ください、お母様! ミーシャなら、"まだ"無事ですよ」
「そう…… 良かった」
皇后は、僅かに安心した様な素ぶりを見せた。お母様、貴方は、お父様の本の内容を知っている数少ない人間の内の一人であるはずよ。なら、ミーシャが、いつ死んでも、おかしくないことを、ご存じなんでしょ? そんな貴方が、この間は、ミーシャがいないことに何も言わなかったのに…… どうして今日に限って、そんなことを心配しているのかしら?
「リアナ。お行儀が悪いですよ。一度、席についてから、お食べッ……」
「お母様…… 未来のリアナは、一体何をしているのでしょうか。次期君主として、その責務を果たせているのでしょうか……」
「どうしたのリアナ。何か、思い悩むことでも……」
「リアナは、もうすぐ18になります」
姫は、そう言うと、じっと皇后の瞳を見つめた。
「……そうね。もちろん知っていますよ。私も、とても嬉しく思っています。しかし、それが、どうかしたのですか?」
姫は、僅かに間を開けた。
「"お父様が皇帝に即位されたのも18の頃でした"」
その時、皇后の顔から笑みが消えた。
「分かりませんか、お母様?」
「やめなさい」
役者が変わったのか、皇后はいつになく、強い口調で応えた。
「その話は、おしまいです。話題を変えましょう」
「……それなのに。私は、まだ一度として、彼らに会っていないのですよ」
姫は、そう言うと、視線を合わせたまま、ゆっくりとテーブルから距離を置く。その、様子を前に、皇后は、額から僅かに汗を流した。
「何処へ行くおつもりですかリアナ……」
「ご挨拶に…… 未来の…… 我が臣下達に……」
姫は、咄嗟に皇后に背を向けた。
「ミリア! アロッサ! リアナを止めなさい。命令です。今すぐに」
「ッ! ……リアナ様。一度席へッ」
「黙ってついて来なさい。命令よ」
ミリアは、思わず、その場に立ち尽くした。姫は、両手で目一杯、大門を押さえつけると、駆け足で、その場を後にした。
「何をしているのですか! まったく…… リアナ!」
皇后は、その後を追う様に、重たいドレスを抱えダイニングテーブルを飛び出した。
「良かったんですか…… ミリアさん…… 命令無視なんじゃ……」
「黙って着いていく。それが、命令です。分かったら口を閉じなさい。行きますよ」
二人は、特に慌てた様子一つ無く、その場を後にした。
「リアナ! 待ちなさい!」
背後から迫真の肉声が聞こえる。そんな、大きな声が出せたのかと感心する姫。二階の廊下を見渡せば、一人の兵士が部屋の前で待機しているのが分かる。それが接客室の前であること、そして、それが何を意味するか姫は、理解していた。
「リアナ皇女?」
「ノワール大佐だったかしら? お父様は中にいるのかしら?」
「はい…… 議員方と共に朝食を摂っておりますが……」
「そう。ありがとう…… 少し、失礼するわね……」
姫は、唖然とする大佐を他所に、扉に手をかけた。
「リアナ!」
"ガチャッ"
扉を開くとすぐ、複数の男達が、グラスを手にしているのが分かる。男達は、何事かと驚いた様子で、こちらを見つめる。そして、ただ一人、背を向けていた男が、ゆっくりと、こちらを振り向いた。
「陛下…… これは……」
一人の男が、静寂を断ち切るかの様に口を挟んだ。
「おはようございます、お父様…… そして、お初にお目にかかります。帝国議会議員の皆様。ディグニス帝国皇位継承権第一位…… べニート・リアナです。以後お見知り置きを……」
姫は、側に控える皇帝を他所に、議員達へ挨拶を済ませた。
「これは、驚きました。私は貴族院の……」
「"なんの真似だ…… リアナ……"」
その場の空気が静まった。これは、予定に無い事態だと察したのか、議員達が皆、口を閉じた。皇帝は、グラスを手に、まるで動く素ぶり一つ見せず、視線だけを姫に向けた。
「あなた……」
僅かに息を切らした皇后は、到着するや否や、顔を真っ青にした。
「なぜリアナがここにいるイザベラ」
「ごめんなさい…… 止めたのですが……」
「お父様? リアナを、皆様に紹介してくださらないのですか? リアナも、もうすぐ…… 18になるのですよ?」
皇帝は、視線を逸らした。
「リアナ。お前に用は無い。ノワール大佐、リアナを客間から追い出せ。多少乱暴になっても構わない……」
そう応えると、皇帝は姫から距離を空ける様に、議員の元へと足を動かした。
「失礼しますリアナ皇女。あまり乱暴な真似はしたくありません」
大佐が、姫の肩を掴む。
「どうか……」
「"リアナの誕生祭について、お聞きしたいことがあります。お父様……"」
皇帝は、思わず足を止めた。その時、到着したばかりのメイド二人が何事かと辺りを見渡した。
「ノワール大佐…… 彼らをダイニングルームまで案内してやってくれ。イザベラ…… 案内が終わったすぐに部屋に戻れ。少し…… 急用ができた」
皇帝は、そっと持っていたグラスをテーブルに置いた。
「ミリア。お母様を手伝って差し上げなさい。二人だけでは、色々と大変ですからね。そして、アロッサ。部屋に戻ってミーシャに伝えてちょうだい。『少し遅れる』と。そしたら、ミリアの手伝いに行きない。いい?」
皇帝と姫が、互いに見つめ合う中、辺りが早々に行動を始める。しばらくすると、接客室に二人だけが取り残されていた。
「それで…… 何が知りたい」
姫は、僅かに笑みを見せた。
——
「ミーシャ様? 水か何か、飲むものでも、お持ちしましょうか?」
壁にもたれ掛かった態勢で、男が扉に向かって話しかけた。
「いえ…… 大丈夫ですよ」
「そうですか。また、何かお困りのことがあればすぐにお呼び下さい。しばらくは、ここにおりますので」
「はい。ありがとうございます。オルディボさん!」
ご令嬢は、一人部屋の中で笑みを浮かべる。両手いっぱいに握りしめた、一冊の本を手に。
「オルディボ様!」
突如、鳴り響く女性の肉声。男は、声の主へと視線を向けた。
「アロッサ? どうしたんだ。まさか、姫様に何か!?」
「ち、違います! 違います! えっ、いやでも違うのかな? ……そ、そうでは無くて、伝言が……」
アロッサは、どこか慌てた様子で応えた。
「伝言?」
「はい。リアナ皇女からミーシャ様へ伝言があります」
アロッサは、そう言うと徐に部屋の扉へと足を運んだ。
「ミーシャ様? リアナ皇女からの伝言です。『少し遅れる』とのことです」
一瞬、その場に沈黙が流れた。
「……それだけですか?」
「は、はい…………」
側に控えていた男が、思わず溜息を吐いた。
「ほ、本当にそれだけなんです。申し訳ありません!」
「構いませんよ。わざわざありがとうございます。ご苦労様」
「はい…… では、失礼します!」
アロッサは、颯爽と廊下を駆け走った。
「まったく…… 姫様も、人の扱いが荒くなったものだ……」
「そうですね…… オルディボさん? 一つ良いですか?」
ご令嬢は、どこか申し訳ない様子で話し始めた。
「お姉様も、遅れてくる様ですので、何か読むものをいただけないでしょうか? ジャンルは、オルディボさんのオススメでかまいません」
「本ですか? もちろん構いませんが…… 一度、図書館へ行かなくてはなりません。このまま鍵を開けたままにも出来ませんので、私が戻ってくるまでの間、部屋から出られなくなってしまいますが、よろしかったですか?」
「はい。元々、出るつもりもありませんので。ゆっくり選んで来てくださって構いませんよオルディボさん」
「分かりました。では、すぐに戻って来ます。失礼します……」
僅かに、廊下から足音が聞こえる。その足音は、時間の経過とともに、次第に遠のいていった。ご令嬢は、ベットから身体を起こすと、ポケットから二本の鍵を取り出した。内、一本の鍵を手に取ると、徐に扉の鍵穴に、それを通す。
"ガチャッ"
ゆっくりと、開く扉。ご令嬢は、真剣な眼差しで外の世界へと足を踏み出す。
「さあ、お姉様………… "勝ちますよ"」




