第七十六幕
「何言ってるんですか?」
「なんだ、怒っとるのか? そんな気にせんでも、まだ成長期なのだから充分に伸び代はあるだろ。私なんて、すっかり伸び代が無くなってな……」
ご令嬢は、そんな司書の胸元を睨む様に見つめた。
「そう。それは残念ですね。歳を取ると色々と大変でしょう。心中お察しします」
「ああ。全くだ! ……確か、貴殿と同じぐらいの歳から全く成長してなくてな。困ったものだ」
司書は、自身の胸を強調する様に、ご令嬢の眼前に晒した。
「私と…… 同じ歳から…… ですか」
"バシャーーン"
突如、湯が勢いよく水飛沫を上げる。一仕事終えた様にため息を吐く、司書に姫は冷たい視線を向ける。
「それで? 二人してコソコソと何を話しとったんだ?」
「ただの世間話よ。大した事じゃないわ」
「大した事ではないか。世間話が出来る様になったのかリアナ皇女よ。昔は口を開けば、他人の悪口か自身の自慢話しか出来なかったものを。成長したのだな。これは、オルディボ殿も喜ぶぞ」
司書は、全身を湯船に浸かりながら和かに応えた。
「は? 私、人の悪口なんて言ったこと無いんだけど。この国の第一皇女よ。そんな、はしたない事するわけないでしょ。馬鹿じゃないの? あら失礼。馬鹿だったわね」
「……オルディボ殿も悲しんどるぞ」
司書が悲壮な表情を浮かべる。
「そう言えば、オルディボはどうしたの?」
「ああ、そやつなら今、廊下で他の兵士や使用人と一緒に待っとるぞ。ちなみに、激おこだ。何やら、部屋の鍵が閉まっとったとか、メイドが鍵を持ってなかったやらでな、正直よく分からんが、まあ頑張れリアナ皇女よ」
「ふーーん。まあ、何とかするわ」
姫は、冷めた態度を見せた。今、部屋に入られるわけには行かないから最善の手ではあったと思う。ただ、ちょっと憂鬱かも……
「ところで、ちっこいの。貴殿は、いつまでここに滞在するんだ? まだ、帰らんのなら、今度は二人で湯船に浸からんか。姉として、親交を深めときたいからな!」
「遠慮しておきます。私も貴方と違って、あまり暇では無いので。それに、勝手に私の姉を名乗らないで頂けますか? 貴方に、私の姉が務まるわけないです。"冗談"は、その胸だけにしていただけませんか?」
司書の視線が、ご令嬢の胸元に向く。
「……何ッ!? では、貴殿のそれは"誠"か!?」
"バシャッ"
ご令嬢は、勢いよく湯船を上ると、背を向けたまま脱衣室へと歩き始めた。
「先に部屋に戻ってますね、お姉様。では、また後ほど……」
そう言うと、ご令嬢は扉を閉め姿を隠した。
「そうだな。また、会おうぞ、ちっこいの!」
「……貴方じゃ無いわよ。私に言ったのよ」
「オッ? そうなのか? まったく…… 姉が二人もいるとややこしいな」
「貴方が勝手に、ややこしくしたんでしょ」
姫の、言葉に司書はとぼけた様子を見せる。
「それじゃ。私も、そろそろ上るわね。後は、ご自由にどうぞ」
「まあ、待てリアナ皇女よ。二つだけ良いか?」
司書は、脱衣室へ向かう姫を差し止める様に話した。
「何かしら?」
「ああ。まず一つ、リアナ皇女よ。何か隠しとることは無いか?」
姫の足がピタリと止まる。隠してること…… なんで、そんなこと……
「もちろんあるわよ。でも、わざわざ貴方に話す様なことでも無いわ。それが、どうかしたのかしら?」
「いや〜 大した事じゃない。ただな、オルディボ殿を見とると偶に思うのだよ。リアナ皇女よ。あまり一人で考え込むことも無いぞ。私達は、いつでも貴殿の味方だ」
司書は、いつになく優しく応えた。味方ね…… 『長らくご無沙汰しております。皇帝陛下……』。姫の脳裏に昨晩の出来事が蘇る。いったい、どっちの味方のつもりなのかしら……
「……そう。考えておくわ。それで、二つは何かしら? 寒いから、急いでくれる」
「ああ、すまんな。外にいる使用人か誰でも良いのだが、替えの服を持ってくる様伝えてくれんか? 持ってくるのを忘れてしまってな……」
「ふーーん」
姫は、そう言うと、不敵な笑みを浮かべた。
「裸族ね…… ちょっと見てみたいかも…… それじゃ、またね。ララ姉……」
姫は、そっと脱衣室の扉を閉めた。




