第七十幕
「……分かりました。すぐに準備しますね!」
「待って!」
「え? どうしました?」
「貴方、物を投げるのは得意だったわよね?」
姫の言葉に、ご令嬢は呆気に取られる。
「何のことですか?」
「何のことって。まあ、早い話。さっき渡した本を、こっちに投げ入れて欲しいの」
「え? 今からですか? ごめんなさい。ミーシャじゃとても出来る気がしません。万が一にでも落としたら……」
「ハァ…… まあ、そうよね。分かったわ。今から、そっちに行くわ」
「分かりました…… すぐに準備しますね」
ご令嬢は、そう言うと部屋の中へと姿を消した。
「さて…… 移動しないと……」
姫は、扉へと向かう。
「リアナ様? どこかへ行かれるのですか?」
「ええ。少しミーシャの部屋に行くわ。また、戻るから、その間に誰か来たらミーシャの部屋にいると行ってちょうだい」
姫の、言葉にミリアは軽く頷くと、「分かりました」と呟く。姫は尽かさず、持っていた鍵で部屋の扉を閉めた。
——
しばらく歩けば、ご令嬢の部屋の前には中将とアロッサが門番のように控えていた。
「少しミーシャに用があるので失礼するわ」
姫は、何の躊躇いもなく二人の間に割って入ると、ドアノブに手をかける。
「どうされたのですか?」
突如、中将が口を挟んだ。
「何? 用が無いと来ちゃいけないの?」
中将は、帽子のつばを押さえると、僅かに間を置き応えた。
「失礼。言葉足らずでした。改めて、護衛も付けずにどうされたのですか?」
「……少しくらい良いでしょ? 別に、隠れたりするわけでもないんだから。納得出来ないなら、しばらく貴方が私の護衛役になってくれてもかまわないわよ」
中将は、じっとこちらを見つめた。
「お断りします。同時に、お二方の護衛は出来かねます。アロッサ、しばらくリアナ皇女の護衛を頼みたッ……」
「まって! なんで、貴方が命令してるの? 私のメイドよ。勝手に命令して良いなんて言ってないはずよ」
姫の言葉に、中将は動きを止めた。
「え、えっと…… 私は……」
「アロッサ。オルディボが戻るまで、私の護衛になりなさい」
「は、はい! が、頑張ります」
姫は、視線を逸らす中将を横目に部屋の扉を開けた。
「お姉様! 先程は……」
「早く!」
姫は、入室後早々に話を切り出す。ご令嬢は、何のことかと呆然と立ち尽くす。
「何してるの? 早くして!」
「な、何のことですか?」
姫は、ご令嬢の言葉にため息をつくと。突然、ベットから枕を放り投げた。
「お、お姉様、何を……」
「ミーシャ。貴方は知らないかもだから教えてあげるわ。実は、この宮殿の三階以外の部屋は、全て壁が薄く作られてるの。来客やらが来た時に、その人達がどんな話をしているか外からでも分かるようにね」
姫の言葉に、ご令嬢は落ち着きを取り戻す。
「まあ、そんなことは、どうでも良いの。早くして」
姫は、そう言うと何かを要求するような素振りで手を差し出す。ご令嬢は、何かを察したのか、ゆっくりとベットの下から一冊の本を取り出す。
「ありがとう。さてと……」
姫は、本を受け取ると徐に窓際へと詰め寄る。限界まで身体を外に出し、本を両手いっぱいに握る。
「お姉様……」
「黙って見てなさい。フゥ…………」
姫の視線が上の部屋の窓へと向く。深く息を吐き、狙いを定める。
"スゥッ"
姫の手元から本が宙を舞う。本は、どこかに着地したのか、再び姿を見せることは無かった。
「まっ、こんなものよ」
「かっこいい…………」




