第六十八幕
「ん? リアナ様? お一人でどうされたのですか? オルディボ様は……」
部屋の前で待機していたミリアが不意に応える。
「大丈夫よ。すぐに戻ってくるから。それより、部屋の掃除が終わったなら入っても良いかしら? 少し用があるから」
「……もちろんです。何か、お手伝い出来ることは……」
「いらないわよ。そこでまってて。あっ、それと……」
姫は、ポケットに手を入れると咄嗟に足を止めた。鍵を握りミリアに視線を向ける。
「どうされましたかリアナ様?」
「…………いえ。やっぱり何でもないわ。まってて」
姫は、そう言い放つと、手ぶらで扉を開けた。入室後、すぐさまに扉を閉め、ベットに腰掛ける姫。
「ハァ…… ようやく、少しは落ち着けそうね……」
寝室に、静寂が流れる。
とりあえず、今私にやれることは何も無い。お父様が、一週間宮殿に滞在すると言ってから今日で三日目。お父様の手に例の本が戻れば、お父様はすぐに宮殿を出て行ってくれる。そうなればミーシャの暗殺も困難になる。
ただ…… 問題がある。そもそも、例の本を私が持っているとお父様にバレれば、その時点で何かしらのペナルティを受けることになる。いくら皇女と言えど皇帝の所有物を許可なく持ち出すことは許されない。流石に、拷問やらは無いとして、半年間の投獄は覚悟した方が良い。
そうなれば、ミーシャは簡単に暗殺されるでしょうね。私も、投獄の期間満了と共に、ベルク王国の誕生祭に送られて、本の記述の通りそのまま……
「まったく…… 疲れるわね……」
姫は、ベットに寝そべり一心不乱に天井を見つめた。
まだ、問題はある。ただ、お父様に本が渡るだけでは意味がないから。仮に、お父様に本が渡ったとして、それを、お父様が認めるかしら? そんなはずはないと思う。だって、認めれば、お父様は宮殿に滞在する理由が無くなってしまうから。だから、きっと認めない。
それを、認めさせるには他の第三者にも、その現場を目撃させる必要がある。ただ、その第三者は、お父様の探し物が、例の本だと知っている人間でないといけない。でないと、目撃しても何も指摘出来ない。そして、そのことを知っている人間は、私の知る限り二人しかいない。私と、お母様だ……
「さてと……」
姫は、ぐっと身体を起こすと、ゆっくりと解放されていた窓へと詰め寄る。
理想は、例の本を元の部屋へ戻す。そして、それをお母様が見つけて、お父様に報告する。これだけで良い。ただ、この宮殿内にいる人間は皆、お父様の味方だと考えた方が良い。正体は分からないけど中には秘密警察もいる。だから、誰にも見つかっちゃいけない。
……一人を除いてね。
姫は、ふと花瓶に盛られた石を手に取る。
どんなに忠誠心があろうとも、命を狙われているとは分かれば人は簡単に寝返るものよ。私だってそうだった。皆んな自分の命が一番可愛いもの。そうでしょ、ミーシャ? はなから裏切りることなんて出来ない。その本を持った以上、私達は共犯。
姫は、不敵にも笑みを浮かべた。
「期待する必要なんて無い。裏切られないか疑心暗鬼になる必要もない。だってそうでしょ? この世で一番信頼できる人間は、"裏切らない"人間じゃ無い……」
姫は、風に髪を揺らし遠くの景色を、じっと眺める。
「…………"裏切れない"人間なんだから」




