第五十七幕
「イザベラ皇后も、お久しぶりです……」
王子は、皇后の側に詰め寄ると、そっと差し出された手の甲に、顔を近づけた。
「随分と、大きくなられたのですね。マブロイ王子」
「はい。イザベラ皇后も、相変わらず、お綺麗で何よりです」
王子は、以前よりいっそう疲れた表情を見せる皇后に、優しく語りかけた。
「これは…… レナード大佐? よく覚えていますよ。以前は、大変お世話になりました。お元気でしたか?」
中将は、帽子のつばを掴むと軽く会釈をした。何も訂正することなく中将は気配を消した。そのすぐ側で、ご令嬢がどこか落ち着かない様子で王子を見つめる。
「久しぶり…… ロイ……」
ご令嬢は、顎を引き僅かな上目遣いを見せる。
「ああ…… ミーヤ……」
互いに愛称で呼び合う二人。王子は、ご令嬢を前に突如、跪くと、ご令嬢の手を支え口元を近づける。
「今日は、随分と落ち着いた服装ですねミーヤ。何か、あったのですか?」
「いえ…… ちょっと、お姉様の服を、お借りしただけです。似合ってますか?」
ご令嬢は、心配そうに尋ねると、王子は目線を高くした。
「もちろんです。リアナ皇女にも負けていませんよミーヤ!」
「そう………… 勝っては、いないのね……」
ご令嬢が僅かな声量で呟いた。
「マブロイ王子。会談に入る前に私から一つ質問をしても良いかな?」
皇帝が、ソファに腰掛けると続くように皆が席に着く。
「はい。かまいませんよサリエフ皇帝」
「なに…… そう畏まらなくても良い。ただ、貴殿の父、シリュウ国王の容態が気になったものでな。ここ数年外交の場で姿を見ない。回復の見込みわ?」
「どうでしょう。僕は医者ではありませんので確かな事は分かりません。ただ……」
王子は、僅かに笑みを浮かべた。
「父は、もう既に歩くことは愚か、喋ることすらままなりません。朝から晩まで、唸り声をあげたままベットに横たわっております。ハッキリ申し上げますと、父は、既に国王として"役立たず"です」
「「…………」」
王子の言葉に、場が凍りつく。
「ロイ…… いくらなんでも、国王に対して、その様な発言は……」
「国王? 違うよミーヤ。僕は、父に対して言っているんだ。それに、事実だ。僕たちの国は、来年から共和制へと移行する。その準備も日々着々と進んでいる。僕たち王家の役目は、もう何も無い。だから、僕たちが何をしようと、何を頑張ろうと役立たずであることに間違いはないんだよ」
ご令嬢は、言葉を詰まらせた。机に置かれたコップをじっと見つめる皇帝。次第に、ゆっくりと目を閉じる。
「サリエフ皇帝。私からも、一つよろしいですか?」
「かまわない」
皇帝は、コップを手に取ると、口元に近づけた。
「リアナ皇女は、いらっしゃらないのですか? 元々は、その予定だったはず。何か、問題でもありましたか?」
王子の、言葉に皇帝は、迷うことなく応えた。
「"そう心配せずとも…… いずれ、また会える。 …………必ずな"」




