第五十五幕
「だから、なんでミーシャが向かったって分かるの? 貴方が着いて行ったの?」
「いえ………… ダイニングルームの方向に歩いて行かれたので、時間的にもそうではないかと予想しました…… 申し訳ありません」
「そう…… それで? 誰と一緒にいたの?」
「ミーシャ様ですか? 確かレナード中将が護衛にあたっておりました」
姫は、静かに目を閉じると天井を向いた。
ダイニングルームは宮殿の二階、それも隅の方にある。ミーシャの部屋からなら階を跨がずに一直進に行ける。確かに、その現場を見ればダイニングルームに行っているように見える。ただ、ダイニングルームのすぐ下、一階には対談用の応接間があったはず。もし、そうなら…… いや、きっと…… 今日、第一王子と会談するのは私じゃない……
「なるほどね。ララサはいないのかしら。図書館が閉まっているのだから、どこかにいるはずでしょ?」
「その、ララサ様でしたら地下の書庫におられると聞いています。皇帝陛下が何か頼まれたとか…… そろそろよろしいでしょうか?」
「ふーーん。そうね…… 最後に一つだけ良いかしら?」
姫は、扉にもたれ掛かるように背をつけた。
「ミリア。"誰かいるの? ……そこに"」
姫は、諭すように言い放った。
「…………はい。」
ミリアは、迷うことなく応えた。
「ノワール大佐がおります。私は、部屋の清掃がありますので代わりにリアナ様の護衛として務めていただきます」
「また、お父様?」
「はい。皇帝陛下から、しばらくの間、リアナ皇女の護衛に当たるよう命令を受けました帝国陸軍大佐ファル・ノワールです。全力で務めます。ご安心ください」
大佐は、最初からそこにいたかのように自然に会話に入り込む。
「なるほど…… なら、安心ね……」
姫は、手にした鍵を見つめながら応えた。
「"っ!?"」
ミリアは、突如と足下に視線を落とす。
「リアナ様、コレは……」
ミリアは、扉の隙間から放り投げられた鍵を手にする。
「裏の鍵よ。見たら分かるでしょ」
「はい…… もちろん分かります。しかし、なぜ? この鍵では、こちらから扉を開けることが出来ません。お返ししますので、そちらから扉をお開け下さい」
「嫌よ。もうしばらく部屋にいるわ。悪いけど、私が良いと言うまで、その鍵を持っててちょうだい。命令だからね? 無くさないでよ?」
「リアナ様! どうかされたのですか? なぜ、部屋から出てこないのですか?」
「…………なぜ?」
姫は、思わず不敵な笑みを浮かべた。だってそうでしょ? なぜだか、この宮殿内には"偶然"にも私のアリバイを証明出来る人間が、今、誰一人としていない。今日、私の行動を監視できるのはノワール大佐一人だけ。きっと宮殿内の兵士達は皆、外の護衛に当たってるはず。このノワール大佐も、お父様が送り込んだ兵士。なら、お父様の息がかかっていると考えるのが自然。つまり、この男が一言、私が本を持っていたところを見た、そう言えば、それが事実になる。
今、部屋を出れば…… その先は全て、お父様のテリトリー……
まったく…… 朝から油断ならないわね…… お父様……
「一度、お顔だけでも見せていただけませんか? 体調が悪いのでしたら……」
「だから、嫌だって言ってるでしょ? そんなに、見たいならオルディボを連れてきたら? 表の鍵を持ってるはずよ」
そう、あの鍵を使えるのはオルディボだけ。お父様ですら、オルディボが許可しない限り、あの鍵は使えない。部屋さえ出なければ私は負けない……
「分かりました…… また、改めて参ります」
姫は扉にもたれ掛かりながら、その場に座り込む。ミリアが遠退く足音が鮮明に聞こえてくる。
「ノワール大佐? まだ、いるの?」
「はい。しばらくは、ここに待機させていただきます」
「そう…… ところで、今渡した鍵は?」
「はい。先程、メイドの方が持っていかれましたが……」
姫は、ほっと溜息を吐いた。
「そう。ありがとう…… 何か聞かれたら、そう応えなさいよ?」




