第五十一幕
"トンッ トンッ"
再び、扉が叩かれた。姫は息を殺した。
「お父さっ……」
「"黙れ"」
皇帝が、ドアノブに手をかける。ゆっくりと、開かれた扉の先から、本を手にした一人の女の姿が浮かび上がる。
「リアナ皇女…………」
両者は視線を合わせたまま、ピタリと動きを止めた。
「…………ララサ大公妃?」
司書は、しばらく茫然と立ち尽くしたまま、その場にとどまっていた。なんで、ララサが? 持ってる本は何? まさか、ニナがララサに渡した……?
姫は、思わずベットから身体を起こした。
「ララサッ……!?」
突如、司書が膝をついた。それは、ディグニス帝国における最上級の平伏の構えだった。
「長らくご無沙汰しております。皇帝陛下……」
司書は、持っていた本をそばに置くと、視線を下げた。そこに、いつもの司書の面影は無かった。
「こうして直接お会いするのも、四度目かと」
「そうだったか。最後に顔を見たのも一年以上も前か…… では、一つ問う。なぜ、リアナの部屋に向かった。目的はなんだ……」
司書は、面を挙げると真剣な眼差しで、応えた。
「はい。先ほど、リアナ皇女が図書館を訪れられた際、一冊の本を借りられました。しかし、別のことに気を取られたのか、借りた本を、そのまま置いていかれてしまったので、今ここに、お持ちしました」
司書は、本を手に取ると僅かに笑みを浮かべ姫に示した。その表情は、どこか落ち着いていて、まるで幼さを感じない。
「どんなモノか、拝見しても良いか?」
皇帝が、そう言うと司書は両手で、その本を手渡した。
「『ダルマーの日記』か…… 随分と古い本を読むのだなリアナ」
「えっ………… はい」
姫は、無意識に応えた。そんな本、借りたことなんて無い、一体何が起きてるの?
"バンッ"
皇帝は、数ページめくったのち、本を閉じると司書に手渡した。
「もう時期、消灯の時間だ。私は、寝室に戻る。ララサ大公妃、貴殿はどうする?」
「はい。私も、手続きだけ済ませましたら、すぐに戻る予定でございます。ご心配はおかけしません」
司書が、そう言うと皇帝は、扉へと足を進めた。
「ああ…… なにも心配などない。あまり、遅くなるなよ…… ララサ大公妃」
皇帝が、部屋を後にする。司書は、皇帝の姿が見えなくなったのを確認すると、身体を起こし静かに扉を閉じた。
「ララサ……」
「ふぅーー…… 相変わらず怖いの〜 心臓がはち切れるかと思ったぞ。来ているのなら来ていると言って欲しいものだ」
司書は、そう言うと許しもなくベットに腰掛けた。
「何しに来たの……」
「なんだ、寝とったのか? 随分と肝が据わっとるなリアナ皇女。本を渡しに来たと言っただろ。ほれ、隣に座られよ」
姫は、恐る恐る近寄ると、言われるがままにベットに腰掛けた。
「そんな本、借りた覚えなんてないんだけど……」
「貸した覚えもないからな……」
「…………。なら、何んで……」
「これは、ダミーだリアナ皇女よ。本命はこっちだ!」
司書は、そう言うとポケットから、一つの鍵を取り出した。
「図書館の鍵だリアナ皇女。いや〜 すっかり返すのを忘れとったものでな。図書館は閉鎖されとるというのに、自由に出入りしているとバレたら大変だ。まったく、危うく図書館内で朝を迎えるところだった。いや、それどころか最後を迎えるところだったかもしれん……」
司書は、そう言うと姫に鍵を手渡した。




