五幕
「リアナ皇女! どうか、教えて下さい。一体、どうすればリアナ皇女はワレとの結婚を認めて下さるのですか。ワレが持っている物であれば何だったて差し上げます。この国にワレ以上にリアナ皇女の皇配に相応しい男などおりません! 必ずや、この国のお役に立って見せましょう。それでもと言うのなら。このぺテック、結婚を許してもらえるのであれば、命だって掛けられます。リアナ皇女、どうかワレと…… はぁ…… はぁ……」
ぺテック公爵は最後の力を使い果たしたように息を切らす。
「も、申し訳ございません。つい、熱が入ってしまい……」
「別に構いませんよぺテック公爵。それだけ私のことを思って下さってくれて嬉しい限りです。ただ、皇配の件に関しては、今回は聞かなかったことにします。お父様が知ったら大変なことになりますからね。さてと……」
ぺテック公爵がどこか安心した様子を見せる中、姫はおもむろに席を立ち上がると、一人窓際へと足を運んだ。姫の合図で二人のハウスメイドが窓を全開にする。
「私、この景色が本当に好きなの。小さい頃から毎日眺めているけど一度だって飽きたことが無いの。なんでだと思いますぺテック公爵」
「そ、そうですな。やはり小さな頃から見ていて馴染みのある景色だからではないですかな。ワレも似たような経験がありますぞ」
ぺテック公爵は、なぜか自慢気に応える。
「違いますわぺテック公爵。私、これ以外の景色を見たことがありませんの。お父様が厳しくて一度たりとも帝都の外の世界を見たことがありません。だから、この景色以上のモノも、これ以下のモノも知らない。海だって私からすれば本の中のおとぎ話の存在に過ぎません。本当にあるのか今でも疑っています。だから、いつもこうして外を眺めていると自由に飛び回る鳥達の姿が羨ましく思えて仕方ありません。どうして、人間はあの鳥達のように自由に飛び回れないのかしら。私、一度でいいから人が自由に空を飛んでいるところを見てみたいの……」
その場にいた全ての人が何も口に出来なかった。ぺテック公爵もただ姫の言葉に耳を傾けている。窓から流れる風が姫の髪を僅かに靡かせる。
「お願い、ぺテック公爵…… "飛んで"」
その言葉に、場にいた全ての人々が凍りつく。一人、姫を除いて。
「リアナ皇女…… こ、ここは3階だと伺っておりますが、それではワレが……」
「あら、ぺテック公爵。私のためなら命だって掛けられると先程述べたばかりではありませんの。先の熱弁、大変心に刺さりましたわ。どうか、私の期待を裏切らないで下さいぺテック公爵」
姫は優しく微笑む。
「なりません閣下! おやめ下さい!」
複数人の護衛達がぺテック公爵を取り囲む。しかし、ぺテック公爵は覚悟を決めた表情で上着を脱ぎ捨てる。
「離せ無礼者! 今こそリアナ皇女の期待に応えねばッ!」
ぺテック公爵は護衛達の静止も聞かず、ただ猛進に窓へと走った。その姿は猛獣に追われる家畜の如く滑稽なモノだった。
「はぁ…… はぁ…… はぁ…… リアナ皇女……」
「まったく。期待はずれだわぺテック公爵」
ぺテック公爵の猛進は呆気なく終わる。圧倒的な高所を前にぺテック公爵は床に崩れ落ちる。それを横目に姫は軽蔑の視線を送った。
「一つ勘違いしているようだけど、貴方が私に与えられるモノなんて命くらいなモノよ。それも出来ないでよくもまあ大口が叩けたものね。恥を知りなさい。二度と私の前に現れないでちょうだい。目障りよ」
姫は態度を一変させ、何の抵抗も無く罵声を浴びせた。その光景に動揺を隠せない公爵の護衛達。しかし、誰一人としてその場を動く者はいなかった。ぺテック公爵はあたかも命乞いでもするかのような表情で姫を見上げる。
「はぁ…… はぁ…… ど、どうか頼みます…… ひ、姫様……」
姫の眉毛がひっそりと上がる。
「あらぺテック公爵。貴方に姫という呼び方を許した覚えは一度もないはずだけど。私と対等になったつもり? 冗談じゃないわ。口を慎みなさい、"旧"アルト王国ルクス・ホーク"元"王子。ぺテック公爵の称号に傷が付いてしまいますわ。大切にして下さいね」
その言葉にぺテック公爵はただ無言に俯き、拳を握りしめた。その表情に忖度の念は見受けられなかった。
つかさず、護衛が「離れて下さい」と姫をぺテック公爵から遠ざける。護衛はいたって真剣な眼差しだった。それもそのはず、この帝国内において、併合された王国の名を旧名呼ばわりすることは、その国の元君主に対する最大の侮辱である。本来であれば、即処刑に値する愚行だ。
「姫様、今日はここまでです。申し訳ありませんぺテック公爵。リアナ皇女はこれから今晩の社交会に向けて幾つか支度をしなくてはなりませんので、本日の見合いはここまでとさせていただきます。ここから数キロ離れた場所に屋敷を用意しておりますので、本日はそちらで身体を休まれてから今晩の社交界に出向いていただけたらと思います」
護衛の合図で二人のハウスメイドが扉を開ける。一人の公爵家護衛がぺテック公爵に手を差し伸べるも、ぺテック公爵はそれを払い除け無愛想に部屋を後にする。その際、一瞬こちらを睨みつけたようにも見えたが、ぺテック公爵は何も語らなかった。
しばらく窓の外を覗いていると、ぺテック公爵の姿が目に映る。しかし、その姿は先の紳士具合から想像もつかない程に乱暴で暴力的なモノだった。紳士とはなんだったのかと言わんばかりの不細工な着崩しに目がいく。連れていた部下の頬には今さっき殴られたかのような生傷がある。実に貴族らしい姿が見れて少し安心した。
「ねぇオルディボ。アレより私にふさわしい皇配はいないって言ってだけど、私って世間からどんな人間だと思われてるのかしら。アレが最上位なら最下位は、きっと雑草か何かよ。はあ…… 私だって、か弱い乙女なんだから、あんな横暴な人じゃなくて、もっと優しい紳士みたいな人が相応しいと思うんだけど。貴方もそう思うでしょオルディボ」
姫が振り返ると、専属護衛はただ一心不乱に飾られた絵画を見守っていた。