第四十二幕
ランプの光に照らされる薄暗い部屋。小さな椅子に腰掛ける一人の男。男は、向かいに立つ、もう一人の男を、じっと見つめると口を開いた。
「こうして、二人だけで話すのは何年ぶりだろうな。オルディボ」
皇帝は落ちた口調で話す。机に肘をつき、向かいの男を見上げる。
「どうでしょう。少なくとも、私がリアナ皇女の護衛に就いてからは一度も無かったと記憶しています」
「そうか………… そんなに経つのか。早いな」
皇帝は、黄昏れるように灯の灯るランプに視線を向けた。
「要件をお聞きしても宜しいでしょうか? わざわざ、このような場所に移されたということは、帝国に関する重大な話かと、覚悟しております。何か問題が発生したのなら早急に対応して…………」
「リアナは…………」
皇帝は、突如と話を遮った。
「リアナは、元気にしているか?」
皇帝は、どこか他人事のように呟く。視線を男に向け、じっと返答を待つ。
「…………はい。ここ、数日は体調が優れず部屋に篭ることも多々ありましたが、現在は体調面に関しては通常通りかと。それが何か…………」
「変わったことは?」
男は、再び話を遮られる。
「ここ数日の間で、何かリアナに変わったことはあるか。オルディボ」
「変わったこと………… いえ、特に心当たりはありません」
男は、分かりやすく口数を減らした。
「何か、聞かされたことは?」
「…………」
男は、しばらく考え込んだ。一方的なまでの質問の嵐。何か、違和感を覚える。
「ありません。ここで、報告するようなことは、何一つ無かったかと」
「そうか。それは、残念だ。正直な話、私はリアナのことを父でありながら良く知らない。外見的な特徴ならまだしも内面的な特徴に関しては言えば、お前達の方が良く知っているだろう。だから知りたいんだ。なあ、オルディボ…………」
皇帝は、何処か悲しそうな表情を見せる。
「お前は、リアナと私、どちらの味方だ…………」
「…………」
男は、返答を遅らせた。そこには、いつものような威厳ある皇帝の姿はない。まるで、子を亡くした親鳥のような、悲壮感ある姿。しかし、決して弱者にはなり得ない鋭い瞳。男は、言葉を詮索した。
「私は、この帝国に命を捧げると誓った身です。決して裏切るような真似はいたしません」
「…………そうだったな」
そう言うと皇帝は、途端に表情を固くする。
「なら、オルディボ。もしも、私が、今ここでリアナに銃口を突きつけたなら。お前は、どうする?」
ただ、傲然と立ち尽くす男。想像し得なかった問いかけに言葉を詰まらせる。
「私を止めるか? それとも、代わりに銃口を向けてくれるか?」
「…………分かりません」
男は、呟くように応えた。
「残念ながら、その質問に対する答えを、私は持ち合わせておりません。そもそも、この部屋にリアナ皇女が来るはずが…………」
男は、ふと姫に鍵束を渡したのを思い出す。最悪のシナリオが頭によぎる。
「陛下………… 一つだけ、お聞きしても宜しいでしょうか」
皇帝は、構わないと一言だけ口にした。
「…………何故あの鍵を、リアナ皇女に渡されたのですか。あれは…………」
「何か、問題があったか?」
男は、固唾を飲んだ。胸を締め付けらるような、その感覚に鼓動が高まる。自然と扉に視線が向く。
"ガチャッ"
妙な音が響く。皇帝は、机に置かれた拳銃へ、そっと手をかける。じっと扉を見つめる皇帝。まるで、この瞬間を心待ちにしていた狩人の様に。男は、それを前に拳を握りしめた。
「…………あなた?」
細々とした女の声が響き渡る。女は、扉の隙間から僅かに顔を覗かせると話を続けた。
「ちょっと良いかしら…………」
「ノックは? 扉を開ける前には、必ずノックをしろと何度言った?」
"カランッ カランッ"
皇帝は、装填されていた弾丸を全て床に散乱させると、溜息を吐いた。弾丸の一つが転がり扉の隙間から抜けていく。
「ああ………… そうでしたね。ごめんなさい」
「要件は? まだ、時間にしては早いと思うが?」
「その………… ちょっと、リアナ達の様子が気になるので見に行こうと、思いまして。すぐに、戻りますね。あと、鍵は…………」
「時間までには戻って来い。鍵は閉めていけ」
皇帝は、顔を覗かせる皇后に、高圧的に応えた。
「…………それと。リアナに伝えておいてくれ。あまり、勝手なことはするなとな。リアナには無事に、18の誕生日を迎えてほしい」
「…………ええ。伝えておきます」
皇后は、何処か悲しそうな表情で扉を閉じた。
「…………すまなかったな、オルディボ。そろそろ本題に入ろう」
男は、深く息を吐いた。




