第四十幕
「にしても、よくもまあ、こんな本が読めたものだなリアナ皇女よ」
司書は、そう言うと徐に積まれていた本を一冊手に取りページをめくった。思わず、姫は固唾を飲んだ。危なかった………… もし、一番上の本がアレだったら完全に終わってた。ララサが、一番下の本を見る前に早く回収しないと…………
その時、姫が不意に背後を振り返ると、大佐が一冊の本を注意深く確認していた。よく見れば、それは先まで姫が手に取っていた本だと分かる。なるほど。一度でも手に取れば即検閲ってわけね…………
「ねぇララサ。悪いんだけど下の二冊を借りていきたいから、少し持ち上げてくれないかしら?」
「か、構わんぞ………… ただ、本当に良いのか? また、こんな本を………… まあ、良いか。ほれ、今持ち上げるからな」
司書は、目一杯に力を入れると、多少辛そうな表情で本の山を持ち上げた。姫は、咄嗟に二冊の本を抜き取ると胸に抱く様に抱えた。
「ふぅ………… 私に、こんな力仕事をさせようとは流石はリアナ皇女だ。もう二度と、この私が、こんな重たいものを持つことはないだろうな〜」
姫は、そっと視線を山のように積まれた本に向けた。通りで片付かないわけだ。もうクビで良いかしら?
「あらそう? でも、このくらい簡単に持ち上げられない様なら、貴方に子育ては難しいでしょうね。それとも、とっくにそんなこと諦めていまして?」
姫は、嫌味気味に言い放った。
「何を言うかリアナ皇女。まだ、私は一人で持ち上げるだけの力は残っておるのだぞ? どこかの人任せの、お姫様とは大違いではないか」
「あら。貴方、お姫様が本当に自分で子育てすると思っているのかしら? 何のためにメイドが、沢山いると思っているの?」
「何! 陛下の趣味では無かったのか!?」
姫は、思わず顔を引きつった。よくもまあ、そんなことを平然と言えたものだ。そろそろ本当に後任を探した方が良いと思う。
「そうだ。さっき気になった本があったんだけど…… ちょっと待っててね」
複数の本を抱えたまま背後にある本棚へと足を運ぶ。その時、大佐は司書が持ってきた本を一冊手に取ると、その中身をじっくりと眺め始めた。始まったか…………
「おお、どうした若いの。貴様も、その本が好きなのか? まったく………… この宮殿内の奴らときたら、どいつもコイツも趣味が悪いもんばかりだな」
「…………。」
大佐は、聞こえていないのか無言を貫いた。
「おい! 何とか言ったらどうだ? 誰のおかげで立ち読みが許されとると思っておる。喋らんなら…………」
「皇帝陛下の命令です。ララサ大公妃」
「…………。ほおー、そうだったか。流石は皇帝陛下だ。お目が高い! じっくり読んでくれて構わんぞ若いの。…………ちなみに、私の一推しは四巻の三章だ。陛下に、よろしく頼む」
司書は、囁くように応えた。
「分かりました。そう伝えておきます。…………それと、私はこれでも31です。ララサ大公妃よりは年上かと」
「はぁ? なんだ、31は十分若いだろ! いちいち兵士の名前など覚えてられんのだよ。若いのだから若いので良いだろ? 文句でもあるのか?」
「いえ。特には」
大佐は、冷静に応えた。
「ねえ。悪いんだけど、やっぱり、この三冊もいらないわ。この辺に置いておけば良かったのよね?」
「ああ。適当に置いておいてくれ。あとで見とく。いつかはな」
「そう。ありがとう。あッ…………」
"ドンッ"
突如、図書館内に鈍い音が響き渡った。姫に二人の視線が向く。
「おい、どうした! 大丈夫かリアナ皇女」
姫は、焦る様子もなく、崩れ落ちた書物等を、じっと眺めた。辺り一面に本が散乱する。
「ごめんなさい…………」
「いや、謝るでないリアナ皇女。このぐらい、私一人でも簡単に片付く。おい、若いの! 見てないで手伝わんか! 早くしろ!」
司書は高らかに声を上げた。大佐は横目で、その様子を伺うと手に取っていた本を静かに閉じた。分かりました、とだけ言い放つと司書の手伝いを始めた。黙々と、本を片付けながらも、決してこちらに対する警戒を解いていないのが、その背中からも伝わる。
「おお………… 本当に手伝ってくれるのか若いの? いやぁ、他の兵士どもは、何度手伝えと言っても、それは出来ない、の一点張りで言うことを聞かんかったというのに。話のわかる若いのだな。クルートだったか? 気に入ったぞ。専属の護衛に任命してやろう。誇れ若いの!」
「…………。ノワールです。ララサ大公妃」
大佐は、一瞬手を止めると分かりやすく困惑するような素振りを見せ呟いた。僅か数分で名前を忘れるとは、流石は帝国直属の司書だと思う。隣国に送ってはどうだろうか?
 




