第三十三幕
しばらく歩くと、ダイニングルームと同様の大門が行手を阻む。どうやら、ここが礼拝堂の入り口らしい。知らなかった。まさか礼拝堂が屋外ではなく屋内にあるなんて。そして、私の部屋と同じ三階に位置していたなんて。
「ねえ、オルディボ。ここが礼拝堂であっているのよね?」
姫が、そう言い放つと何を言っているのかと言わんばかりにご令嬢が見つめる。
「何を仰いますか姫様。毎日ここで祈りを捧げているというのに。もう忘れてしまわれたのですか? まったく…… 困ったものです」
男は、すっとぼけた態度を見せた。ああ、そういえばそういう設定だったっけ。完全に忘れていた。
「失礼する」男は、そういうと静かに門の取っ手を引いた。しばらくの間、姫は呆然とした。辺り一面に広がる神秘的な真っ白な空間。同じ宮殿内とは思えない造りをした閉鎖空間。ああ、本当に初めて来たんだ私……
「リアナ様、私達は外で控えておりますので、ご用の際はお呼び下さい」
「えっ、私もですか?」
アロッサが、そう言い放つとミリアは瞳を鋭くした。
「当然です。ただのメイドが用もなく入って良い場所ではありません。覚えておきなさいアロッサ」
ミリアは強く叱るように言った。
「それで、お前はどうするつもりだ。レナード中将」
護衛の男は、中将に視線を移すと声を低くして尋ねた。中将は、それに動じる素振りすら見せることなく帽子のつばを下げた。
「私は、皇帝陛下からミーシャ様の護衛の命を受けている。ミーシャ様が向かうと言うなら当然私も向かう。それとも、何か不都合でも? オルディボ……」
「…………」
その瞬間、辺り一体が静寂と化した。突然、ミリアが鬼のような形相で間に割って入れると中将に詰め寄る。
「レナード中将。発言を訂正しなさい! オルディボ様改め司法大臣への敬称忘れは侮辱行為に当たります。一から発言を訂正しない」
ミリアは今にも襲いかからんと言わんばかりに口調を強めた。
「お前に何の権限があるミリア。それとも私をここで裁いて任務の邪魔をするつもりなのか? それこそ、護衛の命を与えた皇帝陛下に対する反逆行為だとは思わないのか?」
「それは…………」
ミリアは、しばらく考えた後、引きの姿勢を見せた。
「気に食わないわ貴方の態度。訂正しなさいレナード中将」
姫が口を開いた。
「ちょっと、お姉様! これは私達には関係の無い問題で……」
「黙っててミーシャ。何をしてるの早く訂正しなさい。レナード……」
姫はいつになく声を振るわせた。
「失礼ですが、リアナ皇女。ミーシャ様が仰るように、これは我々の問題であって皇族の方々が関わるような問題ではありません。ですからリアナ皇女の頼みとはいえ……」
「あら、何か勘違いしているみたいだけど。私がいつ貴方にお願いしたの?」
姫は中将の前に仁王立ちすると、目を鋭くした。
「ディグニス帝国第一皇女として貴方に命令するわ。発言を訂正しなさい。レナード中将。今すぐに」
その時、護衛の男がレナード中将のすぐ側に迫った。それが何を意味するのか、その場にいた全員が瞬時に理解した。
「レナード中将。姫様からの命令だ。分かっているな? 頼む」
男は、左手を中将の肩に優しく添えると右手人差し指を引き金に置いた。
「はあ…… すまなかった。前言撤回だ。オルディボ………… 閣下」
男は肩に添えていた手をゆっくりと下ろした。今ならいける……
「それと、貴方。私達の礼拝が終わるまで外で待ってなさい! 人が多いと集中出来ないのよ。護衛ならオルディボ一人でも十分だから」
ミーシャとレナード中将を引き離すなら今しかない。姫は、更に口調を強くした。
「断る!」
中将は、表情一つ変えずに言ってみせた。一瞬、呆気に取られた姫。
「ミーシャ様の護衛は皇帝陛下直々の命令です。そして、この宮殿内において皇帝陛下の命令は、その他全ての命令に優先される。例え、相手が第一皇女であったとしても……」
「そう…………」
姫は、そう呟くと中将をじっと睨みつけた。
「あの………… 皆様………… 本日は、どうされたのですか?」
礼拝堂の奥から一人の女性の声が響く。女は、肌を隠すような黒の正装を身にまとう。その顔立ちから、まだ未熟であることが伺える。女は、おどおどとした態度でこちらに詰め寄る。
 




