二十七幕
「良いわよ残ってて。別に下着を脱いだりするわけでも無いし。見られて困るものなんて無いわよ」
姫は寛容的に応えた。万一に備えて数は多い方が良い。本当に手柄を独り占めしたいなら、ここで動いたりは出来ないはず。
「そうですか? 正直、外で一人ボーっと待ってるのも何か恥ずかしかったんですよね。気を使わせてしまい申し訳ないです。ハハッ……」
「何してるの? 早く、あっち向きなさいよ」
「すみません……」
男は、黙って壁を見つめた。
「リアナ様。それで、どのお召し物を御所望でしょうか?」
ミリアは、部屋のタンスを開けると、直接姫に尋ねた。
「そうね………… いつもので良いわよ。あと今日は、大事な予定も無いようだから朝まで部屋で籠ってるわ。よろしくね」
「えっ…… 今何と?」
「朝まで部屋から出ないから、よろしくっと言ったのよ。聞こえたかしら?」
ミリアは思わず、聞き直した。
「良いのですか? まだ、昼間ですよ? 昼食も済んでおりません。なりより、せっかく皇帝陛下がいらしているというのに。もう少し話されても良いのでは?」
ミリアがいつも以上に心配した態度を見せる。本心で言っているのか、早く部屋から出て行って欲しいだけなのか。私には、分からない。アロッサもまた、姫の具合いを心配してかじっと目を離さない。
「構わないわ。昼食は、時間にでもなったら持ってきてちょうだい。もちろん夜もお願いするわ」
「そうですね…… 確かに、今日はもう大事な予定はありませんが……」
でも、私にも一つだけ分かることがある。
「分かりました…… では、本日はそのように用意をさせていただきます。聞こえていますよねオルディボ様? 次は貴方が皇帝陛下に、お伝え下さい。リアナ様は本日体調不良により部屋からは出られそうにない、とね」
「…………」
男は、壁をじっと見つめたまま、わざとらしく聞こえないフリをした。きっと内心穏やかでは無いんだと思う。
「オルディボ様?」
「 …………三日連続で、か?」
「そうです。リアナ様の護衛である貴方が行くのですよ」
護衛の男は、酷く頭を抱えた。溜息を吐くと、壁に額を当てる。いつもなら、気弱なお母様に伝えるだけで済むけど、今はお父様がいる。簡単には納得してくれないだろう。少しだけ同情するかも。
「分かったよ…… 姫様。今日は私から皇帝陛下へ上手く伝えておきます。しかし、明日も同じように出来るとは思わないで下さい。次こそは本当に帝立病院の者達が来るとお考え下さい。よろしいですね?」
「分かってる…………」
姫はいつになく弱気な態度で応えた。分かってる…… いつも私のわがままが曲がり通っていたのも、お父様の目がなかったからに過ぎないことも。今日、お父様に恥をかかせてしまったことも全部分かってる。
それでも、私は今日この部屋から出るわけにはいかない。本が、この部屋にある限り、貴方達が、この部屋にいる限り、一瞬でも部屋を空けるわけにはいかない。姫は、使用人達一人一人に視線を送る。誰なら信用できる……
「リアナ様、着付けが終わりましたよ。昨日の物は、すでにビアンカ達が洗濯に出してしまったようですので、いつものとは少し新しいですが。アロッサ、片付けの準備に入りますよ」
「は、はい! それじゃ、私は洗濯に……」
アロッサは、どこか慌てた様子で衣類を両手いっぱいに抱えた。
「待ちなさいアロッサ」
姫は口を開いた。突然のことに戸惑いを隠せないアロッサに姫は続けて。
「ついでに、一つお願いしても良いかしら? ずっと部屋に居ても退屈で仕方ないのよね。だから、図書館から適当に何冊か本を借りてきてくれない? 出来たら、この位の分厚い本が良いんだけど良いかしら?」
「本…… ですか?」
「何をしているのですかアロッサ? 洗濯は私がやっておきますので早くリアナ様のため本を持って来て差し上げなさい」
「…………」
「アロッサ……?」
アロッサは唖然とした態度で視線を姫に向ける。そこに、以前のような動揺する素振りはない。ただ純粋に疑問を投げかける。
「リアナ皇女………… 本が読めたんですか?」
「…………」
「「……」」
"舐めんな"




