二十六幕
「六月二十七日、ミラノ家宮殿内にて、ミラノ・ミーシャの暗殺を決行……」
姫の額に一雫の汗が流れた。明日…… ミーシャが…… いや、おかしい! この本には、ミーシャがあっちの宮殿内で死ぬことになってる。でも、ミーシャは今ここにいる…… また、何処かでズレが? そもそも、なんでミーシャを殺す必要なんか……
「……二日後、ミラノ・ミーシャの死亡を確認。これにより、ミラノ・ミーシャと隣国ベルク王国王子ザラク・マブロイとの婚約関係を破棄。その穴埋めとし、我が娘べニート・リアナを新たな婚約者とする」
姫は頭を抱えた。その本に書かれた言葉が何を示し何の意味をもつのか理解出来なかった。確かに、ミーシャの婚約者は隣国のマブロイ王子だけど、ミーシャを殺してまで私を婚約者にする理由なんて……
"十二月二十五日ベルク王国内で開催されるリアナ皇女の誕生祭当日にて使者によるリアナ皇女の暗殺を決行"
姫は、本を閉じた。そうだ。最初からおかしかったんだ。私の誕生祭は今年も通年通り、この屋敷で開催される。ベルク王国でやるなんて聞いたことも無い。でも、ベルク王国では婚約者の誕生日を自国で祝う風習がある。ミーシャの誕生日だって毎年ベルク王国で祝われてる。つまり……
「ミーシャが死ななければ、私も死なない?」
姫の瞳に僅かな光が宿る。ベルク王国は、婚約者以外の他貴族、王族、皇族の入国を禁止している。大国だからこそ出来る横暴だ。だからこそ、ミーシャが生きている限り私を、あの国には送れない。ミーシャさえ、守れたなら……
「"姫様。ミリアです。着付けに参りました。入ってもよろしいですか?"」
扉の向かい側から声がした。姫は慌てて、持っていた本を暖炉に隠す。この季節的に考えても、最適な隠し場所だと思う。
「構わないけど、オルディボは? 今鍵掛けられてるんだけど」
「ご安心ください。鍵なら預かっております。オルディボ様も横に居られますが中へ入れますか?」
「良いわよ別に」
すると、鍵の解除音とともに扉が静かに開く。ミリア、アロッサ続けて護衛の男が順に入室を済ませると、扉が閉まる。
「貴方達、随分と早いのね。もう少し遅れると思ったんだけど」
「まあ、リアナ皇女と違って私達はかなり暇なのでぇッ……」
「リアナ様に呼ばれましたので、急いで他の用事を済ませて参りました。決して暇を持て余していたわけではないので誤解なく。そうでしょアロッサ?」
ミリアはアロッサの話を遮るように応えた。多分、嘘だと思う。
「えっ…… でも、お前達ずっと二人で下の階にある絵画眺めながら「綺麗ですね」とか言ってただけだろ。呼んだらすぐ来たじゃねぇか」
男が躊躇なく話すとミリアは聴こえていないのかダンマリを決めた。やっぱり嘘だった。
「…………。それも、メイドの役目です。ところで……」
ミリアは部屋中を見渡すと、迷わずベッドの前に立った。
「コレはなんでしょう。替えたばかりであるはずのシーツに髪の毛が一つ。見るにリアナ様のものではない様ですが。となると、コレはビアンカ達が真面に仕事をしていなかった証拠に他なりません。それに……」
ミリアはベッドとマットレスの間に手を入れた。
「やっぱり…… こういった目の届かないところにまで気配りができるかどうか。それだけでも、そのメイドの質が分かるものです。しかしコレは使用人を束ねるハウスキーパーとは思えない酷い出来ですね。やはり明日からは私共がリアナ様の部屋を掃除いたします。リアナ様?」
姫は唖然とした態度を見せる。何故か心臓の鼓動が早まる。ミリアが覗き込んだ、そこは数時間前まで姫が本の隠し場所に使っていた場所だった。
「いえ、なんでも無いわ…… そんなことより早く着付けの準備をしてもらえないかしら? 汗が染み付いて、大変なの」
姫はイライラした態度を見せながら応える。これ以上、部屋を探索されるわけにはいない。万一でも暖炉を見られたら、終わり。
「ん? そう言えばミリア。貴方、さっきと服が違うみたいだけど着替えたのね」
「はい。そこらを意味もなく徘徊していたアロッサを探している時に汚してしまいましたので。急いで着替えてまいりました。ねぇアロッサ?」
ミリアはアロッサに視線を向ける。対してアロッサは、すみませんと言わんばかりにひたすらに頭を下げる。意味もなく絵画を見ていた人間とは思えない発言だ。
「そ、それでは私は部屋の外にいますので終わったら、またお呼び下さい」
男が申し訳なさそうに話す。なら、なんで入って来たんだろう。疑問で仕方ない。




