第二十六戦
その瞬間、完全な静寂が流れた。中将は、それを聞くや否や、帽子のつばを掴むと軽く抑える様に深く被った。
「その選択肢も…… あり得るか……」
中将は、僅かに呟いた。
「駄目だ…… リアナ皇女よ。その判断は尊重しかねる! 今直ぐに撤回するべきです。分かっているのですか? 護衛に任命すれば奴を左遷することは愚か投獄することすら出来なくなってしまう! 奴の左遷は、"皇帝陛下"及び皇后陛下の決定でもあるのです。それをリアナ皇女の独断で覆そうとは……」
「そうですリアナ様! 皇后陛下の件もあり、今は正常な判断が出来ない状況にあるかと思われます。一度、安息をとられてからでも……」
「だそうよレナード? 貴方、随分と嫌われているのね? オルディボとは大違い。皆んな、貴方を追い出したがっている。でも、嫌いじゃないわよ。私だってそうだったから。皆んなが敵に見えるのは誰だって怖いわよね。あの人は、手段を選ばないから。使えるものは全て使うから……」
そう…… 貴方を消すためなら…… "お父様"は何だってするわよ。
「リアナ皇女よ。悪いが、これは皇帝陛下の決定でもある。例えリアナ皇女の命令であろうとも、我々は奴を護衛としては認めない。よって、このまま無理にでも宮殿から追い出すか投獄するかを選ぶ必要がある。リアナ皇女、一度、こちらへッ」
ガルマン中将が、姫の肩を掴もうとした、その時、伸ばした腕を、中将が咄嗟に掴むと視線を鋭くさせる。
「誰に触れるかだ?」
「おい……」
中将同士が互いに対峙する。
「ごっこ遊びも、そのへんにしておけよレナード。貴様がやろうとしている行為は皇帝陛下に対する叛逆行為そのものだぞ。今すぐに正門をくぐれ。そして、リアナ皇女。茶番はやめにしましょう。皇帝陛下の顔に泥を……」
「やめるのは貴方よガルマン中将。皇族の専属護衛に刃向かえばどうなるか、分かってるでしょうね?」
姫がそう言うと、ガルマン中将は、中将の腕を振り払い両者をじっと見つめた。
「仕方ないか…… あまり、強引な手は使いたくはないが、このまま貴様を規律違反として拘束する。それで、お終いだ」
「拘束か…… だが、ガルマン中将。この門の後ろに何があるか知っているか? 私の部下達だ」
「それが、どうした……」
「銃声一つで、ここが戦場になる。それだけだ」
ガルマン中将が、視線を下げると思わず目を見開いた。
「ッ!? 貴様………… いつのまに銃を握った……」
中将の手元に握られた拳銃を前に僅かな動揺を見せる。
「リアナ皇女よ…… 本気か?」
「貴方に冗談を言えるほど親しくないわよ」
姫が応えると、ガルマン中将は、背を向けた。両手を上に上げ、わかりやすく、そして呆れた様に深々と溜め息を吐いた。
「ハァ………… 分かった分かった。簡単に毒されよって。なら、後は好きにすれば良い。私が皇帝陛下から受けた命令は一つ、レナード陸軍中将を、この宮殿から追い出すこと。だが、もう私には、どうにも出来ん。だが良いさ、あと数日もすれば陛下が帰還される。そうなれば、陛下の意に反する命令をしたリアナ皇女も、規律違反の貴様も終わりだ。打つ手がないのは互いに同じだからな。気楽に待つとするか……」
ガルマン中将は、突如と態度を一変させた。やっぱり…… やっと本性を表してくれたわね。見ない顔だと思えば、随分とお父様の息がかかっていること。お父様、貴方が消したがっているということは、それは貴方にとって脅威であるということ。なら、それは私にとって最大の武器になりえる。
「アホめ…………」
ガルマン中将の口から僅かにそう聞こえた。周囲の海軍兵士が困惑する中、ガルマン中将は、帰るぞと言わんばかりに兵士達に合図を出すと皆、その場を後にした。
「……すまないノワール大佐。もう少し先になりそうだ」
「…………はい」
大佐はそう言うと、ゆっくりと持ち場へと戻っていっく。
「さて、どうしますか? 何か作戦はあるのですか?」
そう言うと、中将は、握っていた拳銃を腰に戻した。
「作戦? なんのことかしら? 私は、ただ貴方を護衛に任命しただけよ」
中将は、思わず自身の目を疑った。
「まさかとかは、思いましたが、何ら策もなく、この様なことをされたとは…… 一応、お伝えしますが、ガルマン中将の言っていた事は全て事実であると考えられます。つまり、皇帝陛下が戻れば、私もリアナ皇女も、ただではすみません」
「そうでしょうね…… でも…… 貴方は着いてきてくれた。どうして? 少しは…… 私に、期待出来ると思ったんじゃないの?」
「期待…… ですか。さて、リアナ皇女が何について話しているのか私には分かりかねます。まあ、でも…… 任命された以上、私一人の命では無くなった。やれる事はやりましょう」
「ありがとう。それで…… 貴方はどうするの? ミリア……」
—— 二章 悪魔祓い 始 ——




