第二十四戦
未だ、困惑した態度を見せる男を前に少尉は目の前の扉を軽くノックした。
「……誰だ?」
扉の奥から、一つ声が響き渡る。男の声。決して幼くは無いが、それでいて歳をいっているようにも聞こえない。威厳ある男性の肉声。
「帝国陸軍少尉ノル・レナードです。女帝陛下から命令を受け新たな護衛の者を連れて参りました」
「そうか…… 入れ……」
少尉は、男に視線を送ると一歩下がり男に先に行けと言わんばかりに視線を向けた。
「は、はじめまして…… オルディボと申します……」
男が、扉を開くと直ぐ、窓の外を見渡したまま、こちらに背を向ける一人の若い男の姿があった。ベニート・サリエフ皇太子。視界に入って直ぐ、三人は理解した。皇太子は、僅かに振り向くと、こちらを横目に鋭い視線を送った。
「失礼します」
「"下がれ"」
皇太子の言葉に三人は思わず、足を止めた。本能が、三人から言葉を奪った。
「護衛だけで充分だ。二人は持ち場に戻ってくれて構わない。ご苦労だった」
皇太子の言葉に二人は顔を見合わせた。
「で、では…… 失礼しました」
「失礼致しました」
少尉は、敬礼を、ミリアはスカートの裾を軽く摘み会釈をして、その場を後にした。
「ハァ…… 何とかなったな。さて、俺は休憩に戻るとするか」
「ちょっと待ちなさいよ。まだ、私の手伝いが残ってるんだけど? 忘れたの?」
ミリアは、そう言うと一冊の本を見せびらかす様に少尉の前に取り出した。
「聞こえなかったのか? 皇太子殿下は俺達に持ち場に戻れと命令した。お前は、それを破るつもりか? 分かったら黙って本を返してくれ。そして、ビアンカに"ごめんなさい"してこい」
「嫌だ……」
そう言うと、ミリアは、持っていた本で自身の口元を隠すと、どこか人を嘲笑うかの様な瞳でこちらを見つめた。
「さっき、庇ってやっただろ?」
「庇ってなんて頼んでませんけど? ねえ、レナード? 久しぶりに追いかけっこしない? 私を捕まえられたら返してあげる」
「俺が、鬼かよ…… それに、武器やらを装備してる関係上、こっちが不利だ。ハンデくらいあっても良いんじゃないか?」
「やらないとは、言わないんだね……」
顔を見合わせる二人。思わず、互いに笑みが溢れた。
「正門まで。私が扉に触るまでに捕まえられたら、レナードの勝ちね。もし、私が勝ったらどうする……?」
「ハァ…… なんで、そんなこと考える必要がある? 俺が負けた事なんて、ただの一度もないだろ?」
二人は、颯爽と宮殿内を駆け抜けた。何か合図があったわけでも無い。しかし、二人の中で何かが通じ合った。必死に階段を下るミリア。それを追う少尉。二人の視界には、周囲の目など存在しなかった。
"ドンッ"
その時、少尉の手がミリアの背中に触れた。勢いあまり、正門に背中を押し当てるミリア、ギリギリで勢いを殺し止まる少尉、しかし、正門に押し当てられた二人の距離は今日一番に近づいていた。僅かな揺れでも顔がぶつかりそうな二人。思わず言葉を失う。
「ハァ…… ハァ……」
「…………」
ミリアの無言を貫く態度に、息を切らしていた少尉が、そっぽを向く。
「…………せっかくなんだから、何かカッコいい事、言ってみてよ」
「勘弁してくれ…………」
そう言うと、少尉はミリアが握っていた本を奪い取ると、そっと距離をとった。
「あー〜あ。もったいない…… あと、ちょっとだったのにね?」
少尉は、思わず帽子のつばを押さえ込んだ。
「レナード少尉! なぜ、ここに? 休憩に入っていたのでは?」
突如、一人の中年の軍人が少尉に話しかける。少尉は、直ぐに敬礼を行う。そして、一つのペンダントを前に出した。
「はい! ただ今、女帝陛下から緊急の任務を預かり遂行していたところです。ちょうど任務を終え休憩へ戻るところでありました。バーグフ少将」
「そうだったか…… ご苦労だったレナード少尉。この件は後ほど詳しく聞くとしよう。それでだ、貴殿に一つ伝えねばならんことがある」
そう言うと、少将は僅かなにミリアへと視線を向けた。
「レナード少尉。すまないが、また戦場へ出向いてもらう事になった。それほど長く続くことも無いだろ。早ければ来月にでも戻って来られる。女帝陛下からの許可も降りている。申し訳ないが、準備をしてくれ。出発は夜だ。頼んだぞ……」
「はい。承知しました」
なぜか、少将は申し訳なさそうな態度を見せたまま、その場を後にした。その間、少尉は敬礼を辞めなかった。
「よし…… それじゃ俺は持ち場に戻る。お前も……」
「やだ…………」
突如、ミリアは少尉に抱きつくと表情を隠した。少尉は、困惑する。
「どうした…… いきなり……」
「また…… 行くんでしょ…… 死ぬかもしれないのに……」
「ハァ…… しょうがないな。ちゃんと見ておけよ?」
そう言うと少尉は胸ポケットから一枚のコインを取り出した。ミリアは、それを見ると一歩下がり様子を伺った。
「表なら生、裏なら死だ。行くぞ?」
勢いよく打ち上げられるコイン。そして、吸い付く様に少尉の手に着地した。
「表…… 今回も大丈夫だ。約束しただろ? 護衛として、専属メイドとして、一緒に働ける日まで絶対に死なないって。だから…… ちゃんと待っててくれよ? ミリア……」
そう言うと、少尉は持っていたペンダントをミリアへと手渡した。扉へと手をかざす少尉。一瞬振り向くと、何も言わず、ただ静かに微笑むばかりの美しい女性の姿だけが、そこにはあった。
ようやく過去編?が終わりましたが、ここまでいかがだったでしょうか? ちょっぴり皆様からの評判などが良いものなのか不安は残りますが、ここから現在編も頑張ってやっていきますのでよろしくお願いします!




