第十八戦
ガルマン中将は言葉を詰まらせた。帽子のつばに手を置く中将。静かに辺りを見渡すと、姫を庇う様にこちらを見つめるミリアと視線があった。
「銃声が聞こえた様に思えたが、これはなんだノワール大佐」
中将は、そっとガルマン中将を横目に大佐へと視線を移した。
「はい…… リアナ皇女からの緊急招集を受け参りましたところ…… 皇后陛下の崩御を確認いたしました……」
「そうか…………」
中将は、帽子のつばを僅かに押さえ込んだ。
「では、法に従い直ちに警鐘を鳴らすように……」
「"だめだッ!"」
ガルマン中将は、声を荒らげた。
「まずは皇帝陛下への報告が優先だ。警鐘は、その後にでも鳴らせば良いだろ。いまは、なんとしても皇帝陛下を呼び戻す必要がある! リアナ皇女だけでは…………」
ガルマン中将は、何かをためらう様に言葉を弱めた。
「ガルマン中将? 貴殿は警鐘の意味を勘違いしているようだ。警鐘の目的は危険の速やかな排除。容疑者を外へ逃さない為のもの。直ちに実行する必要がある」
「そんなもの皇帝陛下が来てからでも可能だ。まずは使者を送り陛下を……」
「それで?」
思わずガルマン中将は言葉を詰まらせた。中将の冷たい視線にガルマン中将は固唾を飲んだ。
「"誰を逃すつもりだ?"」
「貴様…… 我らを疑っているのか?」
中将は、しばらく無言のまま立ち尽くすと大佐へと視線を戻す。
「……何をしているノワール大佐。警鐘を鳴らせと命令したはずだ」
「許さん。止めろ!」
ガルマン中将の言葉に複数の海軍がノワール大佐の前に立ちはだかる。しかし、中将は未だ平然とした態度を見せた。
「レナード中将……」
「"構わない"」
中将は、自身の手首を押さえながら視線も向けずに応えた。その態度に周囲の海軍が響めき始める。しかし、行手を阻まれた大佐に周囲が視線を集める。
「すみませんレナード中将…… このままでは……」
「"構わない"」
中将の言葉に、ガルマン中将は首を傾げる。
「しかし、レナード中将ッ……」
「射殺しても、構わないと言っている……」
その言葉に、ガルマン中将が大きく目を見開いた。
「貴様、今何と言った? 射殺だと? 何を言っているのか分かっているのか? もし、そんな事をすれば貴様もノワール大佐も、この場でまとめて撃ち殺すぞ!」
僅かな静寂の後、中将は首を傾げた。
「驚いた……」
「…………何のことだ?」
中将は、腕を下ろすと静かに辺りを見渡した。そして、ゆっくりと口を開く。
「まさか、撃ち殺すと言った相手が、銃すら構えないとは、驚きだ…… ノワール大佐、構わず進め。次に立ちはだかる者がいるなら私が代わりに撃とう」
「おい、レナード!」
「早く構えたらどうだ? ……"俺"は、もう構えたぞ」
その鋭い視線にガルマン中将は思わず背筋を凍らせた。
「おいおい、なんだいこれわ! いったい何があったんだい!」
突如、中将の背後から一人の女の声が聞こえた。よく見ればビアンカが複数のメイドを連れ箒を武器の様に構えていた。
「なんで、皆んな固まっているんだい! リアナ皇女は? 皇后陛下は?」
「レナード中将? 何があったんですか?」
中将のすぐ側にメイドのルカが詰め寄ると、中将に問いかける。
「皇后陛下が、崩御された。リアナ皇女は無事だ」
「まさか………… け、警鐘は? 警鐘は鳴らさないのか? はやく……」
「私も、そう思っている」
中将の言葉に反応するように大佐は歩みを始めた。阻んでいた海軍も後退りする様に、ゆっくりと道を空ける。
「撃ちたければ撃てば良い。ただし…… 左遷の時間になっても姿を見せない私を、外の部下達がどう思うか…… どう説明するか…… それが出来るならな」




