第十六戦
【お知らせ】
夏休み期間は投稿時間を十二時半にしたいと思います。戻す時はまた連絡します!
——
「部屋には、戻らないのか? ミリア」
姫の部屋の前で待機していたミリアに、突如、誰かが話しかける。そっと視線だけを向けると、ミリアは興味無さげに瞳を閉じる。
「貴殿こそ、なぜこんな所におられるのですか? レナード中将」
「お前と同じだ……」
そう言うと、中将はミリアの隣の壁に背を付けた。
「護衛だ。皇族の方々のな……」
「何の話でしょうか。私が、聞いたのは、なぜ貴方が、まだ、この宮殿の中にいるのか、ですよ?」
「それは、もう何度も聞かれた。……リアナ皇女には悪いことをした。取り返しのつかない事をだ。だから、せめて私が、ここにいる限りは、この命に賭けてリアナ皇女を、お守りする。そう決めた」
「貴方に、そんな忠誠心があったなんて意外でした。しかし、それほど心配せずとも、この宮殿は貴方が思っているよりも遥かに安全です。護衛でしたら、私一人で十分です」
"カチャッ"
ミリアは、動揺する素振り一つ見せず、中将の手元を見つめた。
「なんのつもりですか?」
「護衛なら、銃が必要だろう。私には、もう必要無くなる。お前が、持っておくと良い。受け取れ」
そう言うと、中将は、拳銃のグリップ部分をミリアへ向け差し出した。その時、両者の間に僅かな静寂が流れた。
「どうした? 受け取れ」
「……残念ながら。私には、そういった類のものを扱うスキルがありません。他の者に預けてあげて下さい」
「そうか…… 意外だな。お前なら、扱えると思っていた」
「どういう意味ですか?」
中将の、言葉に、ミリアは思わず食いついた。
「銃の扱いも知らない人間が、自ら護衛を名乗るとは、考えもしなかった」
中将は、持っていた拳銃を腰に戻すと腕を組み、ミリアに視線を送る。
——
日が差し込んでいるのが良く分かる。昨日は、あんなに曇っていた空も、一晩空ければ灯りが指す。姫が、目を擦りながら横を向くと、皇后が姫の身体に腕を回したまま、じっと目を閉じていた。もう朝か…………
「静かね……」
姫は、つぶやいた。少し早起きしず来たのか、ミリアが起こしに来る気配もない。もう少し、寝てようかしら。お母様も、まだ寝てるみたいだし……
そう考えると、姫は、皇后の手を優しく摩るように触れた。
「あれ……?」
冷たい? 毛布もかけずに寝てたからかしら? 寒かったかな? 私も、少し身体が震えてきた。寒いからかな? 寒かったかな?
「お母様? 朝ですよ? 今日は、朝から忙しいのではなかったですか? ほら、朝ですよ?」
呼吸が乱れる。あれ? 心臓が、騒がしい。まだ、起きたばかりなのに。姫は、皇后の身体を、そっと優しく摩った。
「お母様? 顔色が悪いですよ? それに、身体も冷たい…… 早く起きないと風邪を…… ひいて…… しま…………」
あれ? 苦しい? 呼吸が難しい。なんで、視界が歪んで見える。あれ? 息ってどうするんだっけ? 苦しい…… 身体が震える。お母様、早く…… 起きてよ………… 姫は、皇后の胸に、そっと手を当てた。
「……………………」
静寂が、姫の手元を伝って、身体に渡る。日差しが、皇后の顔を照らす時、そこにはかつての温もりは、既に消えていた。
「ハァ………… ハァ………… ハァ……ッ……ッ……」
姫は、ゆっくりと身体を起こすと、床に足をつけた。
" バタンッ "
思わず、床に身体を打ちつける。
しかし、すぐに立ち上がると、震える手で、引き出しの中を漁った。鼓動が、ますます強くなる。落ち着いて…… 落ち着いて…… 落ち着きなさいリアナ……
姫は、引き出しから小さな拳銃らしき物を取り出すと、引き出しの前に座り込んだ。そのままの姿勢で銃口を天井へ向けた。
" バンッッ…………! "
静寂に包まれた宮殿内に、空砲の銃声が鳴り響く。




