第十二戦
姫は、中将の瞳をじっと見つめた。ただ無言で視線を送る。
「……どうかされましたか?」
「いえ…… 別に……」
姫は、そっと顔を顰めた。嘘だ…… 今、足音一つ聞こえなかった。どこから? いや、いつから? ずっといた? なら、なんで、わざわざ私に聞いたの? 僅かに固唾を飲む姫。他に人影一つ無い廊下。姫は再び視線を戻す。
「……お母様から、護衛を付けてはいかがかと提案されただけよ」
姫は、恐る恐る答えた。本能が、そうさせたように。
「護衛ですか…… 確かにオルディボ閣下が不在な今、必要でしょう…… しかし、本当に護衛が必要なのは、皇后陛下ではないではいかと。私は思います」
「どういうことかしら?」
「気づきませんか? ミーシャ皇女の一件以降。この宮殿は極端に陸軍の出入りが規制されました。最大滞在人数は二人であり、現在のような夜間は、滞在が出来ません。分かりますか。皇后陛下は、現在、宮殿内の会議へ向かわれた。しかし、今は陸軍が宮殿内に入れない。そうなると、あの会議には誰が参加しているか……」
「……海軍と、お母様だけ?」
姫は、細々と応える。
「オルディボ閣下のような護衛が、いれば中立的な立場からの助言も可能でしょうが…… 失礼ながら、皇后陛下には、経験が不足しているかと。このままでは海軍の言いなりに、なりかねません」
「そう見えるのね。貴方には…… ん? 待って。貴方さっき、この時間は陸軍がいないって言わなかった? 貴方、なんでここにいるの? 規律違反じゃないの?」
姫が詰め寄ると、中将は首を傾げた。
「なら、規律違反で左遷しますか? 私は構いませんが」
「なるほど…… 無敵ってわけね」
そう言うと、中将は静かに目を閉じた。
「最後に、皇后陛下の様子を見ておきたかった。今日は、宮殿内に滞在するとしましょう。明日以降は、ノワール大佐に引き継いでもらうとします」
「……貴方。そんなに海軍が嫌いなの?」
「嫌い……? 別に、嫌っているわけではありませんよ。あっちは嫌っていると思いますが…… 私は、ただ均衡の崩れを危惧しているまでです」
「奇遇ね。お母様も、同じことを言っていたわよ? 貴方達、仲良くなれるんじゃないかしら?」
姫が僅かに笑みを浮かべると、中将は目を開いた。
「リアナ皇女。明日、間違っても私を護衛に任命しないで下さい」
「えっ…………」
姫は、僅かに呆気に取られた。
「私を護衛に任命すれば、かえって海軍を刺激することになる。今よりも更に陸軍の締め付けが強くなりかねない。皇后陛下では、ただそれに賛同することしか出来ないでしょう。ひとまずは、海軍から護衛を任命するのが最適であると私は思います」
「驚いた。てっきり自分を護衛に任命しろと要求してくるもと思っていたけど、もう左遷される準備は出来てるみたいね。まあ、心配しなくても間違っても貴方は任命しないけれどね」
「それは良かったです。私も、左遷先の任務が終わり次第また戻ってきますので」
「ふーん。興味本位なんだけど、左遷先は決まってるのかしら? 何処の領主の下へ行くかくらいは知っておきたいのだけど」
「まさか。私が、向かうのは隣国のアンクト王国との境です」
あれ? アンクト王国? 確かそこって……
「気のせいかしら…… アンクト王国って今……」
「はい。最前線です。それも、未だ野戦基地すらない戦場です」
姫は、ただ茫然としていた。その男があまりにも当然かのように話すものだから、一瞬、理解が追いつかなかった。
「貴方、中将よね? 将官なのよね? なんで、そんな所に……」
「基地が足りていないそうです。それに人手も。仕方ありません。仕方ないから私一人でやるのです」
「待って………… 一人…………? ねぇ………… それって………… 左遷というより…………」
「"処刑宣告でしょう"」
男は、ただ平然と言ってみせた。




