第十一戦
「どう言うことでしょうか、お母様? リアナには、既にオルディボがおります。今は側におりませんが、わざわざ新しく任命するようなこともないかと思いますが」
「……そうかしら? でもリアナ? 覚えていますか? 皇族の護衛というのは特別な存在なのですよ。ただ貴方の身を守るだけではなく貴方の地位を保証し証人となり貴方を守ってくれます。護衛になった人間もまた、その地位が保証され、簡単には宮殿から追い出されなくなる。今は、その存在が不足しています。だから、こうして提案しているのですよ」
皇后の表情は、とても穏やかに見えた。
「そうですね…… 考えておきます。それだけですか、お母様?」
「そうね…… 話は、それだけね……」
「そうですか。では、戻りますね。失礼しまっ……」
突如、腕に圧迫感を覚えた。よく見れば、皇后は咄嗟に姫の腕を掴むと、薄らと笑みを浮かべていた。
「リアナ? 候補くらいはいるのかしら? そんな急にとは言わないけれど、明日くらいには決めてほしいわ。それに……」
「お母様?」
姫は、皇后の話を遮ると、その瞳をじっと見つめた。
「さっきから…… "何に、おびえているのですか?"」
小刻みに震える手。体調が悪いのか血の気が引いているのか、分からない顔色。焦点の合わない目。その全てが、姫に不審感を与える。
「お母様…… どこを見ているんですか?」
「えっ…………」
皇后は、呆気に取られた。
「そもそも、こんな話、図書館の中でも出来たじゃないですか。なんで、わざわざ誰も見ていないところでするのですか? それとも、聞かれるとマズい人間が………… あの中にいたのですか?」
「…………」
皇后は、何も語らなかった。
「それに、お母様だって護衛を任命していないではありませんか! 私の身を案じる前に、お母様そこ、ご自身の身を……」
「ダメ…………」
僅かに聞こえた肉声。姫は、驚いた。初めて聞く、心からの肉声に。
「お母様?」
「ダメ…… ダメ…… ダメ……」
握っていた手に更に力がかかる。どうしたの? こんな、お母様、見たことがない。お父様の代理であるがゆえのストレスなのか。いや、それにしても……
「私が、護衛を任命したら…… どちらかに加担することになってしまう…… それだけは…… 絶対に許されない…… 絶対に…… 均衡が崩れる…………」
『均衡が崩れようとしている』
不意に中将の言葉が重なった。なんで…… 皆んな、そんなことを口にするの? いったい…… 誰が……
「お母様? いったい……」
「皇后陛下。会議の準備が整いました。陸海軍共に待機しております。参加のほど、よろしくお願いします」
皇后の背後から聞こえた声に、皇后は、ゆっくりと振り向いた。そこには、レナード中将がただ一人、こちらを見つめていた。
「……あら、もうそんな時間だったかしら? 失礼するわねリアナ。また後で」
そう言うと、皇后は、早足で中将の側を通り過ぎた。
「レナード中将? 貴方は着いてこないのですか?」
「明日、左遷される私には、必要の無い会議です」
「そう………… 残念ね…………」
皇后が、そう言うと、中将は遠のく皇后の背中を見送りながら壁に背をつけると、姫へと視線を向けた。
「それで………… 何を話されていたのですか。リアナ皇女?」




