第九戦
「なぜ、今アルカナ大聖堂へ向かわれるのですか?」
一人の海軍将校が、馬車の中で問いかける。向かいに座る男が、雨に打たれながら並走する兵士達を横目に、口を開いた。
「気になるか…… ガルマン中将」
中将は、固唾を飲んだ。どこまで聞いて良いものか、知り過ぎればどうなるのか。中将は、僅かに葛藤を見せた。
「無論です。皇帝陛下。皆、困惑しております。事前の通達も無しに教皇聖下の下へ向かわれるなど前例がありません。それに…… この軍勢を引き連れて…… 何が始まるというのですか? 陛下は、何を目指して……」
「怖いか……」
皇帝は、そっと中将に視線を向けた。
「……何も心配いらない。ただ、知りたいだけだ」
「…………知りたい? 何を……」
皇帝は、どこか遠い目を見せた。
「私は雨が好きだ。雨の音は、人を落ち着かせる。雨が降っているうちは、誰も争おうとは考えない。人に安らぎを与え、その闘争心を抑えてくれる……」
中将は、首を傾げた。突如、黄昏れるような態度を見せる皇帝に、思わず詰め寄る。
「陛下! 何を知りたいと……」
「"私の敵だ"」
中将は、思わず戸惑いの表情を浮かべた。
「まさか、教皇聖下と敵対するおつもりですか! それは…… すみません。しかし…… その…… 少し厳しい言い方にはなりますが…… あまりに無謀であるかと。陛下もご存知の通り教皇聖下は、もっとも多くの信者をかかえるビブラム教の長であり……」
「私が、いつ教皇聖下と敵対するなどと言った?」
その言葉に、中将は落ち着きを取り戻した。
「知りたいのは、私の敵だ。それに、候補くらいは出来ている」
「それは…… いったい、誰ですか……」
「…………私の、すぐ目の前にいる」
車内に静寂が流れた。互いに対峙する中、中将は僅かに冷や汗を流した。
「……かもしれない。という話だ。敵は、いつもすぐ近くにいる」
その時、馬車がゆっくりと停車した。目的地に着いたのか、辺りがざわつく。よく見れば、そこは、宮殿の正面であった。雨が止み、静けさが止む中、皇帝が、口を開いた。
「さて、ガルマン中将。雨が止んだ…… 何を意味する?」
返答に、行き詰まる中将を他所に、その背後から一つの足音が鳴り響く。
"トンッ" "トンッ"
馬車の扉を誰かがノックする。二人の視線が、注がれる中、何食わぬ顔で、その扉が開かれる。深々とハット帽を被る、その男は手に握った革鞄を地面に置くと、皇帝に視線を送った。
「ただいま参りました。皇帝陛下」
男を見るや否や、皇帝は僅かに笑みを浮かべた。
「ああ、よく来てくれた。オルディボ……」




