第八戦
そのまま、男は足早に視線の先へと向かう。なんで、そんな怖い顔をしてるの…… いや、それよりオルディボが宮殿からいなくなるの? 姫は、急いだ様子で、その背中を追う。
「ねぇオルディボ。さっきの話…… 宮殿を出て行くの?」
「分かりません。前例が無いので。しかし、私が姫様の護衛である以上、そう簡単に宮殿を離れるわけにはいかない。いや…… 今は、それどころでは無い……」
階段を駆け降りる男。段々と、その足は速度を増す。
「オルディボ様。何をされるおつもりですか? 」
「……」
男は、ただ一直進に廊下を渡る。次第に、男は、ある集団の前に姿を見せた。その集団の多くが海軍兵士であるのが分かる。集団の一人が、こちらに気づいたのが、ゆっくりと振り向いた。
「オルディボ閣下? 随分と険しい顔をしているようだが。どうかされたか?」
中将は、落ち着いた声色で応えた。
「……レナード中将。突然ですまないが…… 貴殿の異動が決まった……」
両者の間に僅かな静寂が流れる。中将は、意外にも素っ気ない態度で、帽子のつばを抑えた。
「ああ、それなら先ほど彼らから聞かされた。明日早朝には出られるよう努力する」
中将は、そう言うと男に背を向ける。
「"ダメだ"」
思わず、中将が振り向く。周りの兵士達も何かを察したのか、空気がピリついた。中将は、背後に控えていたノワール大佐に僅かに視線を向けると男の表情を伺った。
「今日中に異動だ。私は、これから皇帝陛下と共にアルカナ大聖堂へ向かう。貴殿には共に来てもらう。その道中で、異動先へ案内する。今すぐに支度をしろ」
中将は、特に驚いた素ぶり一つ見せず、その後、距離を詰めた。
「聞いていた話と違うな。明日異動と聞いていたが…… こちらのミスか?」
「私の判断だ」
帽子のつばに隠れていた瞳が男を睨みつける。
「そうか…… 残念だが、貴殿には、その権限が無い。今日中の異動を命じたいのなら、再び幹部を招集し決議をとると良い。それと、こちらも引き継ぎの作業が……」
" カチャッ "
その瞬間、ミリアは咄嗟に姫の前に立ち塞がる。中将は、平然とした態度で、向けられた銃口に視線を送る。対抗しようとした大佐を片手で静寂すると中将は、ゆっくりと口を開いた。
「それは敵意か?」
「命令だ」
両者は、じっと対峙するように視線を送り合う。
「…………随分と引き金が重くなったんだな、オルディボ。昔の"お前"なら、もう終わっていた。失うものが多くなったか?」
男は、言葉も介さず視線で伝えた。
「……ノワール大佐。継承制度に基づき、貴殿を私の継承者に任命する」
中将の言葉に、男は眉を顰めた。
「これにより、私の死後、即座に、その地位が継承される。私が死ねば、貴殿は、その瞬間から中将の位を得るだろう。皇族であるリアナ皇女が証人となる。あまり使われない制度ではあるが……」
「何のつもりだッ!?」
中将は、一歩前に詰め寄ると、男の握る銃に手をかける。自身の首を晒し、その銃口を自身の喉へ突きつける。
「中将である"俺"を撃てば"お前"もただでは済まないだろう。だが、直感は信じた方が良い。一度の過ちは、二度と取り返せない。倒すべき"敵"を見誤るな。選べ、"俺"は、選んだぞ…………」
兵士の目だ。一瞬にして、その場が戦場と化した。まずい…… 本気だ。男の目は既に、限界を超えていた。
「オルディボ…………」
「リアナ様?」
悲壮な表情を浮かべる姫。脳裏に、男は、僅かに視線を向けた。
「やめて…………」
その声は、何処か細々としていた。トラウマが蘇る様な恐怖の叫び。姫の、脳裏に数日前の悲劇が過ぎる。ミーシャ…… 引き金にかかった男の指が僅かに震える。
「なぜ、撃った……」
男は、そっと銃口を下げた。
「誰の話だ?」
「"お前"が撃たなければ、あの方は救われていた……」
その一言で、それがミーシャの事であると分かった。でも、それは……
「陛下の命令だ」
「だとしてもだ。皇帝陛下は決して自ら手は出さない。"お前"が堪えてさえいれば……」
「皇帝陛下の命令に背けと……」
「そうだ」
男は、迷わずに応えた。
「"お前"が、それを言うか……」
「命令に背いたところで、僅かな謹慎処分で済んだ話だ。……姫様の、数少ない家族を、救えたんだぞ」
「救う…………?」
中将は、少し距離を取ると天井を見上げた。
「…………生きてさえいれば、救われるのか?」
「何?」
「一度、皇帝陛下に脅威とみなされたんだ。もう二度と、元の生活には戻れない。それどころか、生きた屍となんら変わらない日々が待っていただろう……」
「死が救いになると……?」
中将は、男に背を向けると帽子のつばを抑えた。
「何年も軍隊に属していると、そう考えることがある………… 失礼する」
静かに、歩みを始める中将。次第に距離が遠退く。男は、その背中を見つめたまま拳を握りしめた。その後を追う兵士達。男は、ただ茫然と、それを眺めていた。
「オルディボ? 大丈夫?」
「はい…… 少し取り乱しました。申し訳ありません……」
未だ緊張した素振りを見せるミリアとは異なり、姫はホッとした様子を見せた。
「ありがとう…… 少し怖かったから……」
正直、あんな光景は、もう見たくないから……
「申し訳ありません」
男は、視線を変えずに即答した。
「でも、どうしてあんな……」
「申し訳ありません」
「オルディボ?」
男は、姫の前に膝をつくと、すぐに面を上げた。
「"申し訳ありません。私の覚悟が…… 足りませんでした……"」
男は、拳を握りしめた。どうして…… そんな…… 悲しそうな顔をするの?
またしても、不定期更新です。以前お伝えした期日までは不定期更新になりますので、ご了承ください。あと、そろそろ新しい挿絵も完成するかもなので、良かったら過去話も覗いたりしてみてくださいね。特に改投稿されているものなど!




