第四戦
思わず嘘をついた。
「そうか…… なら良い。またの〜」
司書が軽く手を振るのを確認すると、ミリアが扉を閉めた。
「姫様? どうかされましたか?」
男の言葉に、姫は、ハッと我に帰る。
「いえ…… 大したことじゃないわ……」
なんで、中将を見ていないなんて私、言ったんだろう。なぜだか、そう言わないといけない、そんな気がした。雨に打たれる中将の姿が脳裏に過ぎる。そうだ。この宮殿内で、ミーシャの墓参りをする人間なんて私以外にあり得ない。あの一週間が存在しないのだから、レナードがミーシャの墓参りに行く理由なんて存在しない。
だからこそ、あのレナードの行動は、本来あり得ない……
「ねぇ、オルディボ。ちょっとトイレに行ってくるから、待っててちょうだい」
姫は、そう言うと使用人達を外に待たせたままトイレに入った。
「姫。頼みますから、また勝手に窓から出て行ったりしないで下さいよ……」
「分かったから。やめて。ちょっと離れて。聞かれたくないから」
男は、ため息を吐くと、ゆっくり距離を置く。そのまま、姫は何食わぬ顔で、便器に足をかけると、窓の縁に手をかけた。まだ、僅かに降る小雨。姫は、濡れないよう、慎重に体を乗り出した。
「ミーシャ…… 貴方は確かに、私を陥れようとした。でも、それでも、私の唯一の従姉妹だった…… せめて、貴方が生きていた証の一つくらい、持っておきたかった。でないと、貴方が…… また死んでしまうから…… ッ!」
姫は、二階の窓縁に手をかけると、足音に気付き身体を止めた。おかしい…… 今、この階には誰もいないはずなのに…… 姫は、息を殺した。
「…………まだ、見つからないのか?」
「はい…… 可能な限り確認はしましたが、これ以上は難しいかと…… 申し訳ありません。ノワール大佐……」
「そうか…… レナード中将が、勝手に持ち場を離れるとは到底思えない…… あまり大事にはしたくなかったが、これは本格的に探す必要があるかもしれない。オルディボ閣下に、この事を伝えに行く」
次第に足音が遠退く。レナード中将? ノワール大佐の隣にいた人間が誰かは分からなかった。ただ、驚いた。あの男が、勝手に持ち場を離れるなんて思えない。でも、確かに外にいた。
姫は、辺りを警戒しながら、宮殿内へと侵入した。ただでさえ、ミーシャがいなくなって三日しか経っていないのに、また問題を起こされるのは勘弁して欲しい。
姫は、徐にある部屋の前に仁王立ちする。
「ミーシャ……」
姫は、そう呟くとかつて、ご令嬢が使用していたはずの部屋の扉を開けた。
「"えっ………… 何………… これ…………"」
姫は、唖然とした。そこには、何一つ無かった。ご令嬢が、来る前から、あったはずのベッドや家具も何もかも。まるで、初めから何も存在していなかったかのようだった。……ここまで、するの?
姫は、思わず、カーテンに光を遮断された暗い部屋の中で、床を見つめた。
「ごめんなさい。ミーシッ……」
「"ここには、誰も来ないと思っていた……"」
突如、部屋の隅から一つの声が響く。男は、腕を組み背を壁につけたまま、こちらに視線を向けた。
「レナード…… 中将……」
中将は、そっと身体を動かすと、ゆっくり姫に詰め寄った。
いつもより、一日早く投稿になりました。何という、ちょっと書けそうなので、出来たら明日も投稿するかもです(未確定)!




