第百四幕
「グル………… なんのことでしょうか…………」
男の言葉に、ご令嬢は眉を顰めた。
「……私が、そんな馬鹿に見えるのですね」
「誰も、そのようなことは……」
「シーーッ」
ご令嬢は、ミリアの言葉を遮ると、睨むように応える。
「貴方もですよミリアさん。ほら、見て! だーーれもいない! 私達だけ。他の使用人はおろか、階段を守っているはずの兵士さえ…… だーーれも…… 私が図書館に行っている間に、皆んな消えた…… 誰がやったんだろう? ……それに、私知ってるよ。その上には、お父様の、お部屋があることも。この目で見ましたから。そして…… 許可無く、その部屋に立ち入った者は、消されることも……」
ご令嬢は、腕を組み変えると、首を傾けた。
「部屋に入ったのか…………」
「そうだよ?」
平然と応えてみせた、ご令嬢に男は声色を変えた。
「あの日の皇帝陛下は何かおかしかった。姫様の部屋に入るやいなや、何の迷いもなく本の下へと向かわれた。まるで、誰かが、その場所を事前に知らせていたかのように。何をした……」
「うーーん。お手紙かな? 私の気持ちを…… お伝えしたくて…………」
「なるほど。置き手紙か。それを皇帝陛下の部屋に置いていき。それを皇后陛下が見つけ、皇帝陛下に伝えた。しかし、妙だ。皇帝陛下は、ミーシャ様と交流もあったはず。筆記体で誰の文字が気づいてもおかしくないはず……」
「うん! ミーシャだって知ってるはずだよ。だって名前も書いたから!」
思わず、二人は呆気に取られた。
「まさか…… それを見た上で陛下は……」
「お父様はね? 私を選んで下さったんです! ……あんな偽物じゃない」
「"偽物で悪かったわね?" ミーシャ……」
その場にいた皆の視線が階段の上部に向いた。ご令嬢は、思わず笑みを浮かべる。
「あっ お姉様、みーーつけたッ!」
「あら、いつから見つける側になったのかしら? 貴方は、ずっと隠れる側だったでしょ…… 第二皇女様?」
「…………自己紹介でしょうか? お姉様」
ご令嬢は、僅かに口角を動かすと、負けじと応えた。
「お姉様、出られたんですね。かなり丈夫な檻に見えましたが、お姉様様怪力か何かなのでしょうか? ……いくらオルディボでも、あの檻は開けられないはず」
「そうね。でも、この宮殿には、どうやら私の味方をしてくれる心強い組織があるみたいでね。顔は見せてくれなかったけど、簡単に開けてみせたわよ」
「秘密警察…………」
ご令嬢が、呟くと姫は、無言で肯定を示した。
「あーあー 皆んな敵なんだ。やっぱり信じられるのは家族だけだもんね…… 裏切り者は…… お父様に逆らう人間は…… "お前も" "お前も" "お前も" 皆んな死ねば良いのに……」
ご令嬢は、息を整えると姫に視線を戻した。
「でも…… もう遅いよ? 実はねミーシャ、お姉様が一人で寂しくならないように、サプライズを用意したんです!」
「サプライズ……?」
ご令嬢の、言葉に姫は首を傾げる。
「うん! お姉様が寂しくならないように。教皇のお爺ちゃんをお呼びしました。お姉様の身柄を引き取ってもらうために…… これで、寂しくありませんよ!」
しかし、姫は動揺する素振り一つ見せなかった。
「あらそう。でもミーシャ? 貴方、勝った気になるには少し早いんじゃないかしら? 貴方が、部屋にさえ行けば貴方は終わりなのよ……」
「もーー お姉様までミーシャが馬鹿に見えるのですか。行くわけがッ……」
「それが、どうした」
突如、男がご令嬢の腕を掴んだ。不意に背後を振り向くご令嬢。そこには、逃げ道を塞ぐようにミリアが立ち塞がる。
「お前の意思など聞いていない。このまま引きずり回してでも中へ連れ込む。陛下が、お前を一度見逃したのは、証拠が乏しかったからにすぎない。現行犯であれば、いやでも見過ごすわけにはいかなくなる」
「何それ…… そんな無茶苦茶なことが……」
「通る。ここにいる全員が口裏を合わせさえすればな。無論、上の階に行った私達も処罰の対象になるでしょう。……それでも、ここでお前を止める」
男は、ご令嬢の腕をグッと握ると階段を一段、足を乗せた。
「"それは敵意か。オルディボ閣下"」




