第百三幕
姫の言葉に男は、首を傾げた。
「合格と言われましても…… なんのことだか……」
「良いのよ別に。そんなに深く考えなくても。私が合格って言ったら合格なの! もっと喜びなさい?」
姫は、そう言うと、笑顔のままベットに腰掛けた。
「ところで貴方。なんで、私に私について来ようとしたの? 貴方、明日からはミーシャの護衛になるんでしょ? こんな所で死んでる場合じゃないと思うんだけど?」
「確かに………… 言われてみれば、そうでしたね。気付けば無意識に身体が動いてしました。なぜ、でしょうね…………」
僅かに考え込むような素振りを見せる男に、姫はにやりと煽るような表情で下から覗き込み応えた。
「…………情でも湧いた? フフッ…… 可愛い! まあ、なんでも良いわよ。でも、まさか貴方が、お父様の意に反するような事をするなんて面白い所もあるじゃない。ほら、座らないの? 横。空いてるわよ?」
姫は、自身の横が空いていることをアピールすると、ベットを叩いた。男は、やれやれと言わんばかりの態度で横に腰掛ける。すると、姫は突然、なんの舞ぶれもなく、男の肩に頭を置いた。
「ねぇ………… 内緒話、してもいいかしら?」
「…………構いません」
「誰にも言わないって約束できる? もし言ったら、さっき貴方が私の家族を皆んな地獄行きにしたこと、お父様に言いつけるからね?」
男は恐る恐る、ゆっくりと首を縦に振った。
「もしもよ。もし、仮に…… お父様が、私のことを………… "殺そうとしてる"って言ったら。貴方は、どう思うかしら?」
姫の言葉に男は、分かりやすく黙り込むと、黄昏れるように窓の外を見つめた。
「オルディボ……?」
「あの日と………… 同じだ…………」
男の言葉に姫は、呆気に取られた。
「どうやら…… きてしまったようです………… "皇子"」
「どうしたのオルディボ? さっきから……」
「何を見たのですか姫様」
男は、視線を戻した。その目付きは、以前までとは異なり、どこか覚悟が見える。
「……信じてくれるの?」
男は、じっと姫の瞳を見つめたまま無言を貫いた。
「本に書いてあったのよ。前に、お父様に見つかった本。あそこに、私を18の誕生祭の日に、暗殺するって書いてあったのよ。ビックリよね……」
「そうですか………… では、まずはどうにかして、姫様の罪を晴らす必要がありますね。まずは……」
「ちょっと……」
姫は思わず口を挟んだ。
「なんで、そんな冷静なの? 私、今、結構凄いこと言ったわよ? 分かってるの? 相手は、お父様なのよ?」
男は、平然と言わんばかりに、眉を動かした。
「もちろん存じ上げておりますよ。それと、私は皇帝陛下から姫様を如何なる脅威からも守るようにと命を受けた身です。 ……例え、その脅威が皇帝陛下であったとしても私のやることは何一つ変わりえません」
男は、そう言うと姫の前で膝をつき、その手をとった。
「それに、この宮殿の者たちは皆、姫様の味方です。勝ちましょう姫様」
"トンッ トンッ"
扉が叩かれた。男は、すっと立ち上がると視線を扉に向ける。
「リアナ様、ミリアです。間も無く移動のお時間が迫ってまいりました。部屋の整頓だけ行います。よろしいでしょうか?」
「構わない。入ってくれ」
「ちょっと、私は良いなんて言ってないんだけど?」
「失礼…… しかし、ただの空き部屋に許可がいるとは思えなかったもので」
男は、反射的に応えた。どこか不服そうな態度を見せる姫を他所に、扉が開く。すると、ミリアを先頭にメイドのルカ、アルト少尉、シスター・リリーが何食わぬ顔で部屋へと侵入する。
「他は分かるとして、シスターが私の部屋に何のようかしら?」
少し、戸惑いを見せるシスターを前に、男は姫の肩にそっと手を置いた。
「懺悔の時間ですよ、姫様。これまでの悪事を神の前で告白し、改める時間です。それで姫様…… 何か言い残しておくとことはありますか?」
男の問いかけに姫は満面の笑みで瞳を輝かせ応えた。
「"無いッ!"」
——
「お前ら、グルだろ?」
ご令嬢の、瞳からは、既に光が消えていた。




