第百幕
「ご馳走様…… オルディボ? ちょっと寄りたい所があるんだけど良いかしら?」
「……構いません。どちらへ……」
ご令嬢は、ハンカチをポッケへしまうとニヤリと笑みを見せた。
「少し、お借りしたい本がありますので…… 図書館へ……」
二人は、残飯を残したままダイニングルームを後にした。しばらく歩くと大門が姿を現す。男は、尽かさず扉を叩いた。
「ララサ! 失礼するぞ!」
男が、大きな声で呼びかけるも返事が無い。男は、僅かにため息を吐くと、ドアノブに手を伸ばした。
「おい…………」
男は呟いた。いつも以上に散らばった書物。その中に埋もれるようにいびきをかく司書に男は、頭を抱えた。
「何をしてるんですか、この人……」
「仕事だそうだ……」
男は、そう言うと司書のそばに詰め寄り近くの本を一冊手にとった。
"コンッ"
「……痛ッ! ……な、なんだ! 仕事かっ!」
「そうだ」
司書は、どこか慌てた様子で辺りを見渡した。
「なんだ、オルディボ殿であったか。皇帝陛下かと思って焦ったぞ!」
「もっと焦っても良いぞ。ところで、これはなんだ。地震でもあったのか?」
「何を言っとるんだオルディボ殿よ。地震が起きるような地域にこんな立派な図書館を建てるわけがなかろう!」
「そうか…… 震源はお前か……」
司書は、身動きが取れないのか、グッと腕を前に突き出すと、男は呆れた様子で、その腕を目一杯に引っ張った。司書は、立ち上がると服をはたき埃を落とした。
「まったく…… 頼むぞ」
「すまんすまん。それで、今日はどうしたんだ。こんな早朝から仕事なんぞさせよって。昨日からまた本の整理を頼まれてな忙しいんだ」
「それは悪かったな…… ミーシャ皇女が本をお探しだ。手伝ってやってほしい」
男が、そう言うと司書は眼鏡を手に取りピントを合わせた。
「おはようございます! ララサ大公妃! 忙しい中、申し訳ありません……」
「……なんだ"ちっこいの"か! こんな朝早くに起こしよって。仕方あるまい。ここは姉として一つ……」
「……」
司書は、口を止めた。自身の肩に置かれた男の手をじっと凝視する。
「な、なんだ…… "…………うっ"」
「…………」
無言のまま、肩を掴む手に異常なまでに力が込められた。
「ララサ……」
「ど、どうしたんだ…… そんな怖い顔しよって…………」
男は、司書に鋭い視線を送った。
「"第一皇女に対して…… その呼び方はなんだ……"」
司書は、思わず額に汗を流した。司書の顔から余裕が消える。
「かまいませんよ。オルディボ…… 私は気にしていませんから」
「ダメです。格上の相手に対し敬称を付けずに、その名を呼ぶ行為は不敬罪に値する。無論、多少の愛称は許されるべきかもしれません。しかし、お前のそれは違う…… 訂正しろ。今日は、それで免除する……」
一瞬の間の後に司書は、くすりと笑みを見せた。
「なんだ…… まだ、そんな顔が出来たのか…… オルディボ殿よ……」
その瞬間、司書は男の手を振り払うと、膝をついた。ご令嬢を前に司書は真剣な面持ちで、眼前に忠誠を見せた。
「訂正しよう。ミーシャ皇女よ……」
それを見下ろす様に眺めるご令嬢。その表情はどこか満たされていた。
「許します…… それに、私は怒ってなどいませんよ。ララ姉……」
「そうか…… それは良かった……」
司書は、深く息を吐くと身体を起こし席に着いた。
「それで? どんな本をお探しだミーシャ皇女よ」
「そうですね……」
ご令嬢は、ゆっくりと司書の背後に視線を向ける。そこには、他の乱雑に置かれた本当はうってかわり、きっちりと棚に並べられた古本が沢山あった。
「その本が良いです…… ずっと気になっていたんですよね」
ご令嬢が指を指すと、司書はその本をゆっくりと取り出した。
「これか…… こう言ってはなんだが…… あまり面白いものではないぞ。それに、こう言った資料はあまり貸し出しはしないのだがな……」
「それが良いです!」
司書とは相反し、ご令嬢は満面の笑みを見せた。
「そうか…… ほれっ! 持っていくと良い。ただし、一つ言っておくが、そこらの本とは希少性が違う。頼むから大事に……」
"ビリッ……"
司書は、瞳孔を広げた。ヒラヒラと舞い落ちる紙片に視線が食いつく。
「あっ…… ごめんなさい…… 普通にページを巡っただけだったんですけど…… ちょっと勢いが……」
男は、腕を組んだまま無言でその様子を見守っていた。
「そう………… か………… 古いからな…… そう言う事もあるかもしれん…… 頼むから気をつけて……」
"ビリッ……"
嫌な音が図書館内に響く。
「ミーシャ皇女よ……」
「ああ………… ごめんなさい…… ごめんなさい…… ごめんなさい…… ミーシャ…… 悪い子……」
"ビリッ……" "ビリッ……" "ビリッ……"
ご令嬢は、完全に満たされた。
「頼む…… もう本を閉じてくれ……」
「ごめんなさい…… ごめんなさい…… でも…… 手が勝手に……」
「"おい………… やめろ…………"」
唐突な司書の言葉に、ご令嬢は手を止めた。司書の瞳は、すでに光を失っていた。
「たかだか、一国の皇女が、図に乗るなよ…… "我々"に刃向かう気か? ……"我々"を敵に回しておいて、ただで済むと思っとるのか……」
ご令嬢は、優しく微笑んだ。
「やっと…… お互い、本心で話し合えましたね……」
「オルディボ殿よ…… ただ見とるだけか……」
「悪いが…… 命令が無い限り私に出来ることは無い……」
ご令嬢は、散らばった紙切れを拾い上げると、司書に見せつける様にした。
「どうしましょう…… 返した方が良いですか……」
「いらん。特別だ、くれてやる。ただし、それが最後になると思え。出ていけ」
「酷い…… こんなに謝ったのに…… どうして……」
「出ていけと言っとるだろ……」
「もーー そんな、こと言わないでくださいよ。ララ姉っ……」
「"モンティ家当主、モンティ・ララサの名において命令する。『出ていけ』"」
ご令嬢は、眉を顰めた。
「行きましょう。ミーシャ皇女……」
男は、ご令嬢を諭す様に、肩を持った。
「どういうこと…… なんで、私が貴方の命令に……」
「ミーシャ皇女。この国において大公妃が図書館内で発した命令は、皇帝陛下の発する命令と同等の効力を持ちます。この命令に反することは、皇帝陛下の命令に反するのと同じことを意味する」
"ボンッ"
「つまんな……」
鈍い音が響いた。ご令嬢は、持っていた本を地面に落とすと、司書を見つめた。
「やっぱり要らない…… 行きましょう? オルディボ!」
ご令嬢は、悪びれる様子一つ見せずに図書館を後にした。
「どういうおつもりですか……」
男の問いかけに、ご令嬢は不服そうな表情を見せた。
「別に…… どちらが上か、ハッキリさせたかっただけです。ごめんなさい……」
そう言うと、二人は僅かに沈黙を作った。
「オルディボ様!」
突如、その声が響いた。良く見れば前から一人のメイドが、慌てた様子でこちらへと向かって来ていた。
「ミリア…… どうした?」
ミリアは、息を切らしたのか呼吸を整えると男を、じっと見つめた。
「リアナ様が…… 地下から脱獄されました……」
二人は、言葉を失った。
「現在、使用人総動員で宮殿内を探しておりますが、どこにも…… 外も、陸軍海軍が合同で捜査にあたっておりますが未だ見つかっておりません……」
「お姉様……」
「まずいな………… 皇帝陛下は知っているのか?」
「分かりません…… どこまで情報が回っているのかは私には……」
男は、悲壮な表情を見せた。
「一緒に手分けして探しましょう」
「いや……」
男は、ミリアの言葉を遮ると、ご令嬢に視線を移した。
「そもそも、この宮殿内に簡単な隠れられるような場所は少ない。総動員で探しても見つからないのなら、考えられる居場所は一つだろうな……」
「四階……」
ご令嬢が呟いた。
「そう…… あそこなら、私達には絶対に見つけられない……」
三人は、早々と階段の方へと足を運んだ。
「姫様も、少しは反省したと思っていましたが、私が甘かった様です。もし、本当に上へ行かれたのなら、また何をしでかすか分からない」
総動員で各所を探しているせいか周囲には、階段を警備する兵はおろか他の使用人一人姿は見えなかった。
「姫様には申し訳ないが、ここで拘束する……」
「助けないのですか」
ご令嬢は、男に問いかけた。
「てっきり、貴方なら、お姉様の肩を持つと思ったのですが……」
「はい…… だから、こそです! 姫様は、すでに大きな過ちを犯した。今は、その罪を償うべきです。しかし、姫様は、再び罪を重ねようとしている。なら、せめて私に出来ることは、これ以上姫様が罪を重ねない様、皇帝陛下が知る前に穏便に事を済ますことだけです……」
「私も、オルディボ様の意見に賛同します。残念ですが、今はこれが最善の手なのです……」
そう言うと、二人は真剣な面持ちで、ご令嬢を見つめた。
「ミーシャ皇女。どうか、お力を貸して頂けないでしょうか。ここから先へは皇族の方の同伴無しに立ち入る事が出来ません。姫様も、それを知った上でしょう。ミーシャ皇女が姫様をどう思っていらっしゃるかは私には分かりかねます。それでも、どうか姫様を好き勝手にさせない為に協力をお願いしたい」
「私からも、お願い申し上げます……」
ご令嬢は、その様子をじっと眺めた。皆んなが、お姉様を捕まえたがってる…… お姉様…… 可哀想……
「お姉様が好き勝手に動くのは…… 許せない……」
「ミーシャ皇女…… ありがとうございます。さあ、行きましょう」
男は、ご令嬢に向け手を差し出した。
「"行かないよッ"」
既に階段に登り始めていた二人は思わず呆気に取られた。未だ、階段の初めで立ち往生する、ご令嬢に男は困惑の表情を見せた。
「ミーシャ皇女…… 頼みます。ここで、姫様を止めなければまた……」
「そうです。ここで、リアナ様を止めなければ貴方も……」
「だって…………」
ご令嬢は、階段の下から二人を見上げると、くすんだ表情を浮かべた。
「"お前ら…… グルだろ?"」
ついに記念すべき百幕! なのに、いつも投稿が遅れてしまい申し訳ないです! 活動報告には今日の夜には投稿すると書いたのに気づけば明日の朝になってました。エイプリルフールと言うことで許していただけると幸いです(本当に申し訳ございませんでした)。
この調子で最後まで頑張って行くので評価やリアクションなどいただけると励みになります! これからも『独裁者の姫』をよろしくお願いします。では、また次回で!




