7 さあ、最終決戦だ!
来ていただいてありがとうございます。
海を見てみたいって、わたくしが言ったら、貴方はいつか一緒に行きましょうって答えてくれたわ。わたくしとても嬉しかった。たとえ叶わなくても。だから夢を見ていたの。この場所でお話しする夢。
夢魔の咆哮と共にたくさんの小さな夢魔が現れ、マジカルミルキーに向かってきた。
「雑魚は私に任せてね!てぇーいっ!」
そう言うと、マジカルミルキーの周囲を飛んでいた星の様な白い宝石は次々と小さな夢魔たちを打ち落としていく。この星たちはましろのコントロール下にあるようで、マジカルミルキーを守ってくれた。
「助かるっ」
マジカルミルキーは、本体である夢魔の王へ攻撃を仕掛ける。取り込まれている王女を避けて、自身の魔力を込めた剣で夢魔の王を切りつける。何度か攻撃を与えられ、苦しむ夢魔の王はマジカルミルキーの攻撃に、王女の体を向けてきた。
「っ!」
王女の体を傷つける訳にはいかないと、攻撃を止めるマジカルミルキーを見て、夢魔の王はにやりと笑った。マジカルミルキーにはそう見えた。嫌な予感がした。夢魔の長い鼻だと思ったものは口だったのかもしれない。そこから、何かどす黒い、いや濃い紫色の闇がどろりとマジカルミルキーに向かって放たれた。
(これは、まずいっ!)
何か、致命的な攻撃だと本能的に感じたが、マジカルミルキーには回避が間に合わない。
「マジカルミルキー!」
手に持った白いガラスのような盾が、大きく広がり、光の珠となってマジカルミルキーを包んだ。
「ましろっ!!」
「わ、私はだいじょぶ、です、早く……、長くは、もたないです……」
それきり、ましろの声は途絶えた。
「ましろ……」
マジカルミルキーは、王女の体を避けて夢魔の王に攻撃を与え続けた。だが、どれも致命傷には至らない。
「っ、このままではっ……せめて何とか王女を取り出せれば……」
ましろの声は途絶えたまま、それでもずっとマジカルミルキーを守り続けている。
フランシスは王宮へ馬車を走らせていた。ノエルに言われ衝動的に屋敷を出てきたが、早くも後悔を始めていた。自分が行ってもおそらく本当に何もできないだろうと。それでも愛する少女の顔を一目でも見られれば良いと自分に言い聞かせて王女の元へ向かったのだ。
だから彼女が、いつも美しく、優しく微笑んでいた彼女がこんなことになっているとは思いもしなかった。体は痩せ、目は落ちくぼみ、その下には隈。微かな呼吸。本当に動いているのか分からない心臓は弱く、か細く脈を打つ。
「こんな……、何故こんなことが……!こんなことは望んでいないっ!私はただ、君に幸せになって欲しかっただけなのにっ」
自分では駄目だと思っていた。特に優秀でもなく、何か特別な才能がある訳ではない。こんな自分よりはふさわしい人間がいるだろう、と。
「こんなのは駄目だ!目を覚ましてくれ!愛しているんだ!アミーリア!」
フランシスはアミーリアの手を握り、ありったけの思いを込めて、治癒の力を注ぎこんだ。
声と光が届いた。王女の夢の世界に。夢魔の王に取り込まれていた王女はその目を開けた。
「フランシス様……!離してっ!」
王女アミーリアは必死でもがいて夢魔の王から抜け出し、海へ落ちていく。
「遅いんですよ。フランシス兄上!でも、間に合ったから許してあげます」
ノエルは王女を受け止めた。王女は再び意識を失ったようだった。
ましろは光の珠となってマジカルミルキーを夢魔の王の攻撃から守り続けていた。
(うーん、そろそろ無理かも……)
ましろがマジカルミルキーに意識を向けると、王女様をその腕に抱いていた。
(あ、良かった。助けられたんだ……)
ましろの胸がちくんと痛む。
(あれ?私どうしたの?ちょっと悲しい……。あともう少しでマジカルミルキーとノエル君とお別れなんだな……)
ましろの胸はさっきより強く痛んだ。
(ああ、私よく鈍いって言われてたなー)
ましろの脳裏に妹の顔が浮かんだ。ましろは頭を振って切り替える。
「さあ、あともう少しです!マジカルミルキー!頑張って下さい!」
マジカルミルキーに途切れていたましろの声が届く。
「言われなくてもっ!」
気合が入ったマジカルミルキーの最大威力の魔力を乗せた、剣の一振りが夢魔の王を襲った。両断された夢魔の王は最後の咆哮を上げ、紫色の大きな結晶となった。荒れた海が穏やかに、空は晴れ、塔の上の庭園には再び花々が咲き誇る。ノエルは王女をそっとその庭園に寝かせた。
「ましろっ!!」
力尽き、意識を失い、モフモフのうさぎの姿に戻ったましろは穏やかになった海へ落ちていく。マジカルミルキーは塔の縁を蹴って飛び立ち、ましろを掴み抱きしめた。ましろのロケットに夢魔の王の結晶が吸い込まれていく。ロケットは紫色の光で満たされた。
ファンファーレが鳴り響く。
「おめでとうございまーす!ミッションコンプリートでーす!」
その声と同時に王女も海も塔も光の粒となって消えていく。
「はーい!お疲れさまでした!マジカルミルキーとその導き手よ」
何も無くなった空間に白い仮面の男が現れた。
男が足を着いた場所から別の空間が広がった。ピカピカに磨かれた大理石の床、どこまでも続く柱、そしてインペリアルトパーズの空に瞬く不動の星。それはいつかましろがノエルに語った、最初の世界だった。
「ここが……」
ノエルはいつの間にかノエルの姿に戻っていた。腕に抱いたましろのロケットが開き、中から紫色の大きな結晶が浮かび上がってくる。星が瞬き、光が夢魔の結晶を包み、どこからか現れた箱の中へ入っていった。その箱は美しい装飾が施されており、夢魔の結晶が入ると蓋が締まり鍵がかかった。そして、再びどこかへ消えていった。
「さあ、これで封印は終了だね。その子をこちらへ」
白い仮面の男はましろをノエルから受け取ると、ロケットをそっと外した。
「この子の願いを叶えてあげなきゃね」
ノエルは男の言葉に手を握り締める。白い仮面の男はいつもとは違った静かな言葉でノエルに尋ねた。
「君の願いは?」
ノエルは男の腕の中のましろをしばらく見つめ続けた。そして唇をかみしめ、目をそらした。
「……………………まだ、決まっていません」
白い仮面の男はノエルを労わるような気配を見せた。
「時には、わがままを言っても許されると思うよ?年長者からのアドバイスだ」
そう言うと、白い光で満たされたロケットをノエルに投げて寄越した」
「願いが決まったら、それに念じればその願いは叶うよ。じゃあね、協力本当にありがとう……」
色は急速に薄れ、気が付くとノエルは自分の部屋に戻っていた。
ノエルは床に座り込み、両手で顔を覆った。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。




