6 お兄ちゃんが帰って来た!
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マジカルミルキーとましろは順調に夢魔を倒して封じていった。親を亡くしたどもが見る夢を。子どもを亡くした母親が見る夢を。恋人と離れ離れになった女性が見る夢を…………。つらい現実から逃げてきた人達の幸せな夢を終わらせるのは辛かったが、宿主の人間を死なせるわけにはいかなかった。ロケットは紫色の光が三分の二以上たまっていた。
ましろは最近お気に入りの出窓に座ってロケットを見つめていた。ふいにノエルに尋ねる。
「夢魔の王様を倒して戦いが終わったら、お願いが叶いますね。ノエル君のお願いは何ですか?」
今は窓から日の光が入っている。ましろの白い体毛の先端がキラキラと輝いて綺麗だった。
(戦いが終わる………)
「…………まだ、決めてない……」
「そうですね、まずは早く王女様を助けなくちゃですもんね。お願いは後でゆっくり考えればいいですね」
ノエルは光の中で笑うましろからそっと目をそらした。
その日、ある知らせがノエルにもたらされた。次兄のフランシスが留学先から帰国してきたのだ。ノエルはこれは急がなければと焦った。まだ夢魔の王を倒せていない。王女が目覚めなければ、困ったことになってしまうのだ。ノエルは次兄であるフランシスに会いに行った。フランシスはノエル同様、白銀の髪にアイスブルーの瞳であったが受ける印象は随分と違った。ノエルがフロストフラワーであるなら、フランシスは小春日和の温かい空のようだ。
「やあ、ノエル。久しぶりだね。ずいぶん背が伸びたね。元気だった?」
「はい。お久しぶりですフランシス兄上。兄上もお元気そうで何よりです」
「ノエルは学園を休んでるそうだね?ノエルは優秀だから学業の方心配ないとは思うけれど、大丈夫?何かあったのかい?」
兄は弟を心配げに見つめた。
「いえ、少し調べることがあって……。僕のことは心配いりません。それよりも兄上、王女殿下のことは聞いていますよね?」
「……うん。心配だね。ノエルは婚約者だからなおのことだろう」
「婚約者候補です。兄上、何をのんびりしてるんですか!何故王女殿下に会いに行かないのです!?まさか今回の縁談を受けたりしませんよね?」
「…………」
ノエルは黙ったままの兄に苛立ちを募らせた。
「国王陛下は王女殿下の病状を公表し、王女殿下を救った者になんでも願いを叶えるとおふれを出しました。兄上は王女殿下を助けたいと思わないのですか?」
「確かに、私は治癒魔術師だ。けれど、国中の魔術師が集められていると聞いている。私程度では何も……」
「そういうことじゃない!心配でしょう?そばにいたいと思わないのですか?兄上はずっとアミー姉様を好きなのに!」
フランシスはノエルから顔を背けた。
「私が心配しても……。ノエルが行ってあげて。婚約者なんだから」
「いい加減にしろっ!僕を理由にするなっ!フランシス兄上の気持ちはどうなんだ!このまま大事な人がいなくなってもいいのか?二人がいつまでもグズグズしてるから、こっちはいい迷惑なんだよっ!」
ノエルは荒く言い捨てて、乱暴に扉を閉めて部屋を出ていった。
「……ノエル……」
フランシスはノエルの常ならざる態度に戸惑っていた。しかし、しばらく考えた後、意を決したように自身もまた部屋を出ていった。
(誰のせいで、こんなに苦労してると思ってるんだ!婚約話なんか持って来られるし、魔法少女なんかやる羽目になるし。ああ、そっちはこれのせいだった……)
自室に戻ったノエルは部屋で魔法書を開いていた白もふうさぎを見て思った。力が抜け、腹立ちが収まる。そして自分は巻き込まれ体質なのかと少し悩んだ。
「ノエル君、ノエル君!見てください!鍵が出てきました!これで王宮に、王女様の夢の中に入れます!」
ましろがとても繊細な細工の鍵を掲げている。
「やあやあ!おめでとう!嬉しいなぁ。ラスボスへの道が開いたね。さあ、またまたレベルアップだよ」
突然、また白仮面の男が出てきてマニュアルをバージョンアップさせた。今度は魔法書とその表紙についている宝石が輝きが増している。
ノエルは今度この男が出てきたら言おうと思ってたことを思い出した。
「ちょっといいか?魔法少女の服、あれは何とかならないか?」
「と、言われても。コスチュームは導き手の裁量に任せられてるからねぇ?」
白仮面の男は戸惑ったようにましろを見た。
「君の趣味かーっ!!!」
ましろを庇ってノエルを押えるように白仮面の男は間に立った。
「まあ、まあ、もっとすごいコスチュームの子たちいっぱいいるよ?露出度高かったりね。むしろ、マジカルミルキーのは控えめで上品だよ」
「そうですよ!マジカルミルキーは私が考えた最高に可愛い魔法少女なんですから!」
力説してくるましろにノエルは納得したわけでは無かったが、兄フランシスが帰国した今、時間が無いと思い夢魔の王の元へ王宮へ向かうことにした。
王宮の扉。もちろん現実の扉ではない。ましろは鍵を差し込み重い扉を開いた。荒れ狂う海の真ん中に高い塔が立っている。その上には今までに見たことのない大きな夢魔が座っていた。夢魔のちょうど腹の辺りに人間がいる。下半身が夢魔の中に埋まっており上半身だけが見えている状態だった。
「アミーリア王女殿下!」
「王女様、取り込まれてしまってますね。意識が無いみたいです……救い出しましょう!では最後の変身ですね、ノエル君」
ましろはノエルのおでこに自分のおでこを合わせ、目を閉じた。
「あなたに出会えた私の幸運を、そして私の持ってる力を、全てあなたに託します。星のご加護がありますように……『解放』」
ましろが目を開き、その琥珀と氷の青が出会ったとき変化は起こった。大きな白い結界が張り巡らされ、マジカルミルキーが現れる。コスチュームは丈の長い白いドレス。頭には白いベール。その背には白鳥のような一対の翼。手には長く大きな真っ白な剣。今までとは異なり、剣にはあまり装飾は無い。そしてもう片方の手にはましろが変化した、不規則な八角形のガラスのような白い盾。マジカルミルキーの周囲には白い星の様な宝石が飛び回っている。
「相変わらずドレスの装飾は多いな……。っていうか、これから戦うのにドレスって……まあ、いいか。いくよ、ましろ!」
「はい!頑張りましょう!私のマジカルミルキー!」
ガラスの盾が輝きを放つ。
夢魔の咆哮が海を更に荒れ狂わせる。
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