春の足音 -最終話ー
来ていただいてありがとうございます。
ルミリエはまだ雪の残る王都の下町をノエルと共に訪れていた。
「ノエル君、ここって……」
「うん、あの子がいる孤児院だよ」
ノエルの言うあの子とは、夢魔に憑りつかれても、ずっと夢の中にいたいと泣いていた小さな男の子だった。門の外から見ているだけであったが、庭では子ども達の元気な笑い声が聞こえてくる。
「あ」
ルミリエは楽しそうに遊ぶ子ども達の中に見覚えのある顔を見つけた。あの時よりも顔色も良く、心なしかふっくらとしているようだった。
「笑ってますね。とても楽しそうです……」
「父を通して、孤児院への支援を行ってもらったんだ」
「ノエル君……、すごいです!」
ルミリエが笑顔を向けると、ノエルはやや悔しそうに言った。
「僕は何もできてないよ。支援を行ったのは父や兄だから……」
「それでも、です!やっぱりノエル君は素敵です!」
「…………、これからだから!まだ、僕は勉強が全然足りないし。もっと学んで色々なことが出来るようになってみせるよ」
ノエルは顔を赤くしながら、ルミリエに決意を示した。
「ごめん、寒かっただろう?王都に新しくできた店を予約してあるんだ。美味しいお茶を出してくれるって母が教えてくれたんだよ。君を連れて行ってあげてって」
ノエルはそう言うと、ルミリエの手を取って馬車に乗り込んだ。
「とても楽しみです!ありがとうございます、ノエル君。お、お母様にもお礼を……」
ルミリエはノエルの母であるサフィーリエ公爵夫人から、自分を「お母さま」と呼んで欲しいと言われていた。最近ようやくその呼び方に慣れてきたところだった。
「それは直接言ってあげて。母も妹達も君が遊びに来てくれるのを待ってるから」
ノエルは出掛けに自分も行きたいとごねた妹達を思い出して少し笑った。
「?……はい。最近は体調もいいので、また伺わせていただきます」
「うん、無理しないようにね」
ノエルはルミリエの小さな体調の変化を見逃さないように優しく見つめていた。
寒さが続く季節には熱を出してしまったり、体調を崩しやすかったルミリエだったが、今年はどういう訳か寝込むことは無かった。今日も二人はノエルが予約した雰囲気の良いカフェで楽しい時間を過ごすことが出来たのだった。
風の冷たさもなく、日差しが穏やかになってきた暖かい日。ルミリエとノエルはサフィーリエ公爵家の屋敷の庭を歩いていた。
「え?メイリリー学園に?」
「はい、この春から通えることになりました。体調がとても良くなってきたので。ずっと診てくださってる治癒魔術師の先生から許可が出ました」
「そう、心配だな……」
「本当にもう大丈夫ですよ。記憶を取り戻してから熱を出すこともなくなりましたし、自分でもびっくりするくらい元気なんです。ノエル君と一緒にいられるからかもしれません。春からは学園で一緒にいられるんですね。とっても嬉しいです」
ルミリエの無邪気な笑顔にノエルは視線を逸らし、片手で口元を押えた。
「…………そっちじゃなくて」
「?」
「ましろは、ルミリエは可愛いから、変な虫が付かないか心配なんだ」
ノエルは顔をしかめて腕を組んだ。
「そ、そんなことは無いと思います。そんな心配は要らないと思います……」
(どっちかというとノエル君のファンとかって多そうだし、ノエル君モテるだろうし、ノエル君の方が心配かも……)
「「はぁ……」」
二人は同時にため息をついた。
「はい、これお守り。いつも身に付けてて。うちに代々伝わる宝石の一つを父が君にって渡してくれたんだ」
ノエルはそう言うと、小さな箱をルミリエに渡した。ルミリエが箱を開けると、中にはスカイブルーの宝石と星の飾りが付いた繊細な作りのネックレスが入っていた。
(綺麗……これはブルーダイヤモンド?……これってとっても高価なのでは……)
ルミリエが箱を開けたまま固まっていると、
「手直ししてネックレスに仕立てたんだけど、気に入らなかった?」
ノエルが心配そうに尋ねてくる。ルミリエは頭を振った。
「そんなことないです!とっても綺麗です……。ノエル君の瞳の色ですね……。ありがとうございます」
ノエルはホッとしたようにネックレスを取り出すと、ルミリエの後ろに回った。ルミリエはノエルの意図を察して髪を持ち上げた。ノエルは露わになったルミリエの首筋に見惚れてしまい、中々ネックレスの留め金を止められない。
「ノエル君?」
「ごめん、ほら、つけられたよ」
「ありがとうございます……大切にします」
そう言ってルミリエは嬉しそうに幸せそうにネックレスの宝石を両手で包んだ。そんなルミリエを見てノエルは我慢できないというように言った。
「あーっやっぱり心配だ!もう、今すぐ結婚してしまおう。それがいいよ!」
「え?、ノエル君が学園を卒業して、十八歳になってからって決まりましたよね……?」
ルミリエは困ったように笑った。
「あ、あの私からはこれを……」
ルミリエがそう言ってノエルに手渡したのは、小さな琥珀と星の飾りが付いたポーラータイが入った箱だ。
「ありがとう」
そう言って笑ったノエルはそれをルミリエに差し出し、少しかがんで自分の首元を指さした。ルミリエは一瞬躊躇したが、ノエルにポーラータイを掛けた。
(あ、ノエル君またちょっと背が伸びた?もう、魔法少女の服合わなくなってきちゃったかも……でも)
ノエルは黙ってしまったルミリエを心配して問いかけた。
「大丈夫?具合悪かったりする?」
「いえ、体調は本当に何ともありません。ノエル君は本当にかっこいいなぁって思ってて……」
ほれぼれとノエルを見つめるルミリエ。
「っ…………何言ってるの……」
ノエルは顔を赤らめて目を逸らす。
「さすが、私のマジカルミルキーです!」
「ミルキーって言うな」
二人は笑い合い、口づけを交わした。そして、焦れたノエルの妹達がお茶の誘いに来るまでゆっくりと二人きりの散歩を楽しんだのだった。
二人の足元には早春を告げる白い花が咲き始めている。
ノエルの部屋の出窓では、透き通ったフローティングロケットがあたたかな日差しを受けて輝いていた。
ここまでお読みいただいてありがとうございました。
この物語はここでおしまいとなります。
お読みくださった皆様が少しでも楽しい時間を過ごしていただけてたらとても幸せです。
ありがとうございました。




