02 ルミリエ・ネージュ
来ていただいてありがとうございます。
いつの間にか外は吹雪になっていた。私は話すのに夢中で気が付いてなかった。
「ほら、これじゃ帰れないでしょ?危ないから」
ノエル君は天使のような微笑みを浮かべて私を見ていた。
「でも、そんなご迷惑をお掛けするわけには……」
ていうか、私は自分の家の馬車を待たせているのだ。こんなに長居するつもりはなかったのに。お礼を言ったらすぐに帰るつもりで、お庭で待たせてもらったのに。
「大丈夫。馬車はもう帰ってもらったよ。君の家には伝言をしてもらってる。お嬢さんはこちらでお預かりしますって」
ノエル君、それは何だか誘拐犯のセリフみたいだよ?それに馬車を帰したって、いつの間にそんなことを?あ、さっき執事さんと話してた時かな?きっとそうだね、うん。
ううん、そうじゃない、そのこともなんだけど、もっと大事なことが……。
「あ、あのノエル君、婚約って、どういうことですか?」
「ん?そのままの意味だよ。ましろには、いや、今はルミリエ嬢か、僕と婚約してもらうつもりだよ。この僕にあんなことをさせたんだから、責任取ってもらわなくちゃね」
ノエル君はここで私の両手を握った。責任って、どういうこと?変身させたから?
アルフレット様が、開けられていた部屋のドアをノックして入ってこられた。
「ノエル、今できる手配は全て終わったよ」
「ああ、仕事が早いですね、アルフレット兄上。さすがです」
ノエル君はなんだかすごく機嫌がいいように見えた。アルフレット様は私の方を向いた。
「初めまして、ネージュ伯爵令嬢。アルフレット・サフィーリエです。よろしくね」
「初めまして。この度は、突然の訪問をお許しいただきありがとうございました。ネージュ伯爵家のルミリエにございます。先ほどはご挨拶も申し上げず、大変失礼をいたしました」
私は今度こそご挨拶が出来てホッとした。
「いや、あれはノエルのせいだから、貴女は気にしないでね。ところで、ルミリエ嬢とお呼びしても?貴女は私の義妹になるのだから」
アルフレット様はとてもにこやかにおっしゃった。何故か彼も上機嫌のようだった。
「はい、どうぞ。じゃなくて、あのノエル君、婚約ってどういうことですか?どうしてそんなお話になってるんですか?」
私はノエル君にもう一度問いただした。何だか、話が知らないところで進んでいるみたいだった。
「こらこら、ノエル、もしかして君の暴走なのかい?彼女は何も分かってないみたいじゃないか?」
アルフレット様は呆れたように言った。
「サフィーリエ公爵家から、ネージュ伯爵家に、君に婚約を申し入れた。家柄的に断れないだろうから決定事項だね」
ノエル君は当然のように言った。そして、少し躊躇うように、私に尋ねてきた。
「…………嫌なの?…………君が嫌なら……」
傷ついたような目のノエル君を見て私は慌てて言った。
「い、嫌とかではないです!ただ、私は、今の私は少し体が弱いので、結婚には向かない不良物件だと言われたことがあって……。ノエル君も考え直した方が……」
ここで、私の言葉は止まってしまった。
「誰?そんなこと言ったの」
ノエル君は何だか怒ってるみたいだった。
「どいつが言ったのか、教えてくれる?」
ノエル君、笑ってるけどなんかすごく怖い……。
「えっと、父と話しているのを偶然聞いてしまっただけなので、どなたかは分からないんです。父はとても怒ってすぐに追い返してしまったので」
「……そう。まあ、今はいいや。とにかく僕はそんなことどうでもいいから。嫌じゃないなら、このまま話進めてもらうから」
私は正直とても戸惑っていた。ノエル君が何を考えてるのか分からなかった。
それまで黙っていたアルフレット様が突然会話に入ってこられた。
「なるほど。理解した。ノエル、夕食までにきちんと彼女を口説き落としなさい。できなかったら、今回の申し出は取り下げる」
「っ!………………いいでしょう。分かりました」
アルフレット様は「頑張れ」とノエル君に笑いかけると部屋を出ていかれた。
ノエル君はこちらに向き直って、私をまた椅子に座らせた。ノエル君は私の前に立つと静かに話し始めた。
「あの事件があって、僕は今まで知らなかったこの国のことをたくさん知れた。人の気持ちも。僕は自分は頭が良い方だと思ってたけど、とんだ勘違いだったよ。知識もそれなりにある方だと思ってた。でも、知らないことの方がはるかに多い。楽しかったよ、君といるのは。世界が開けていくみたいで……。まあ、魔法少女のあの服装はちょっとあれだけど……」
「う、ごめんなさい……」
私の趣味全開だったものね……。悪いことをしてしまった。とっっても可愛かったけど……。
「まあ、ましろの趣味ならいいよ、もう」
「やっぱり、ノエル君は優しいですね」
「ごめん、また、ましろって呼んでしまった。ルミリエ」
「いいえ、私のことましろって呼んでくれるのはもうノエル君だけなので、とても嬉しいです」
ましろのことを覚えていてくれる人がここにいるのは、本当に嬉しかった。ノエル君が私をましろと呼んでくれると胸が温かくなった。
「……僕の願いはまだ叶えてもらってない」
ノエル君は私から目を逸らした。少し頬が赤いみたい。大丈夫かな?
「まだ、お願いが決まってないんですか?」
「僕の願いは叶えては駄目だったから」
叶えてはダメなお願いって何だろう?そんなに怖いお願いってどんなの?
「ましろは家に帰りたがっていたから。でも、今なら君に僕の願いを叶えてもらえる」
ノエル君は私の前に膝をついた。見上げてくる顔はとても真剣だった。
「好きなんだ。君のことが。ずっと僕の傍にいてほしい」
「…………」
私は驚いてしばらく声が出てこなかった。
「もし、本当に僕との婚約が嫌だったら……」
違う!私は目を瞑って頭を振った。
「わ、私もノエル君が好きです!でもずっとノエル君は王女様のこと好きだと思ってて……」
温かい手が私の頬に触れた。目を開けるとノエル君の顔がすぐ近くにあった。
「違うって言ったでしょ」
ノエル君の手は私の頬を引っ張ることは無かった。ノエル君は優しく微笑むと、優しく私にキスをした。
こうして私、ルミリエ・ネージュはノエル・サフィーリエ様と婚約することになったのだった。
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