Forget - 忘却(4)
「……事情はおおよそ分かった」
遡ること三ヶ月前、制服女子の父親と少年の母親は再婚し、互いの連れ子である二人は父方の家で一緒に暮らすことになったのだが、近くの中学校に転入した少年はそれからすぐに登校することはなくなり、最近に至っては部屋に篭もったまま家族にも姿を見せなくなってしまった――制服女子は私にそう語って聞かせた。
「きっと新しい生活に馴染めなかったんだと思う……。だけど、学校に行かなくなった理由も、私たちを避けている理由も言ってくれないし……一人で何かを抱え込んでいるようで……」
「まあ、いきなり父親と高校生の姉が出来たと考えれば、中学生からすれば大きな変化だろうし、ジェラシーとか思春期って言葉で片付けられなくは無い。だけど、家族にその理由を話していないとなれば、学校に問題がある線も可能性としてはあり得る」
「やっぱり、学校で何かが……」
影を落としていた表情が夜闇のように一層深まり、制服女子はまるで自身を追い詰めるように言葉で責め立て、そして最後にはガックリと俯く。
そんなに明からさまに落ち込む様子を見せられてはと、私は否定するように首を横に振り、制服女子をひとまず安心させるよう最大限に務めることにした。
「まだ決め付けるのは早い。伊吹少年は勇気もあって、要領も良い。勉強が出来ないとか、イジメられているなんて理由は考えにくい」
「それじゃあやっぱり、私やお父さんに原因が……?」
生徒や教師からのイジメであったり、周囲の学力に追いつけずにストレスを抱いてしまうとか、単に反抗期であるとか、不登校の理由として挙げられる理由は様々あるものの、自宅に侵入者が現れてからすぐさま武器を取って立ち向かったことや、家族のために注意が自分から逸れたタイミングを狙って攻勢を仕掛けたことからみても、頭の回転は速く、危機を乗り越える度胸や冷静さも年相応以上に備わっており、家族に対して反発している様子も見られないため、いずれのケースにも当てはまらないだろうと私は推察していた。
それは裏を返せば、伊吹少年は家族に相談できないような何かを一人で抱え込んでいる証明であり、それを特定することこそが、問題を解決するための第一歩であると私は考え至った。
「もしかすると、伊吹少年は子供に見えていても、もう大人なのかもしれない。とりま、彼の部屋はどこ? その辺りは本人に直接聞いてみることにする」
「えっと、二階に上がった正面だけど……。えっと……とりま……? というか、本人に直接……って!? ちょ、ちょっと待って!!」
椅子から立ち上がり、リビングのドアノブに手を掛けて部屋を出ようとすると、私を引き止める声が室内に鳴り響き、私は足を止める。
「さっきみたいに、出て行こうだなんて考えてないけど?」
「ううん、そうじゃないの……。もしも、あなたが言ったように、私たち家族が原因であの子が不登校になっているのだとしたら、それは私たち家族が向き合わなくちゃいけない問題……だから、あなたに頼ってしまうのは間違っているんじゃないかって思って……」
思い詰めた表情を浮かべながらも、制服女子は強い意志を持ったように私のことを見つめ、キッパリと言い放つ。
だが、私はそれを切り捨てるように正論を返す。
「ちょっとだけキツイ言い方をするけど、あなたはすごく我儘。問題を把握していながら、相手を傷つけてしまうかもしれないとか、時間が解決してくれるとか手前勝手な理由をつけて、実際に動こうとしていない。こうしている間も、伊吹少年の大切な時間は失われているっていうのに」
「我儘……そうかもしれない……。でも、私……どうしたらいいのかわからないの……。私はまだ伊吹の考えていることを分かってあげられていない……。せっかくきょうだいになったのに、分かり合えないのは寂しいと思っているけど、踏み込み過ぎたら嫌な想いをさせてしまうんじゃないかって……」
「きっかけが見出せないってことか。まあ、その気持ちはなんとなくわかる。でも、今さらあなたが出て行ったところで状況は何も変わらない」
諭すように説得してはみたものの、制服女子はまだ言いたいことがあると言いたげな表情ながらに唇を噛み締め、悔しそうに口を結んでいた。
少しばかり言い過ぎたと反省した私は、表現を訂正する。
「私が言いたかったのは、世の中には親密な相手には話せないけど、赤の他人になら話せる相談ってのもあるってこと。というわけで、こうしよう」
「えっ……?」
隠し持っていたものを取り出して掲げると、制服少女は目を丸くしながら首を傾げた。
「ほう……ちょう……?」
「いっぺん死んで?」
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