Forbid - 禁忌(4)
病棟から少し離れた場所にある雑木林に足を踏み入れ、持参した懐中電灯で周囲を照らしながら奥へ奥へと足を踏み進める。
少しだけ開けた場所に辿り着き、深呼吸を一つ挟んだあと、どこへともなく呼び掛けるように口を開く。
しかし、先んじるように木陰の奥から目的の人物が姿を現し、不意に役目を失ってしまった私の口は、吸い込んだばかりの空気を吐くに留まった。
「……私がここに居ると、よくご存知でしたね。ⅩⅦ」
「屋上から見渡してみたけど、周囲に高い建物はなかったし、私の病室を監視しながら身を隠せそうな場所はここくらいだった。それに今日はいつもの日だから近くに居るんじゃないかと思って」
立待月と呼ばれる少しだけ欠けた月が浮かぶ日――それは私とペリメが定期報告を行う日であることを示す暗黙のルールだったのだが、三ヶ月前にペリメから接触を図ってきたのもその日であり、組織を抜けた今もそのルールが有効であることを私は悟っていた。
曇天の雲間に輝くその月を私が指差すと、ペリメはいつものように眼鏡をクイっと上げながら、いつもと変わらない無表情で私を見据える。
「相変わらずの推察力で敬服致します。ところで、私に御用向きでしょうか?」
仮説が正しければ、近くで監視されていることはほぼ間違いなく、彼女が姿を現す可能性も高いだろうと考え、こうして居場所に当たりをつけて足を運んだ次第ではあったのだが、兎にも角にも、私には性急に彼女に会う必要があった。
「単刀直入に言うけど、前に渡した本を返してくれない?」
「残念ですが、あの本は研究のために調査機関へ輸送しました。申し訳ありません」
ペリメは困ったように首を傾げ、申し訳なさげに眉を曲げたため、私は手っ取り早く話を進めるために、その文節をなぞりはじめる。
「マイナデスという女性たちは、デュオニュソスというワインと豊穣を司る神を強く信奉するあまりに理性を失い、酒に溺れ、性に乱れ、血を求め、人を襲う狂人と化した。その伝承によってマイナデスは、酩酊・狂気・腐食・同性愛の象徴として後世に伝えられた――そのことを記した本は異端の書として禁書に指定され、時の流れとともにその危険性が浸透して人々に信じられたことで、彼女たちの狂気とその特性を有するに至った。私があの本を回収するときはそう聞かされていた」
突然ながらにそう語って聞かせるも、ペリメは動じるどころか微動だにした様子もなく、ただただ私の言葉に耳を傾けていた。
「特定の人物が通るタイミングを狙って看板のボルトを腐食させて落とすことも、車のブレーキを錆びさせて事故に見せかけようなんてことも、念入りに準備をしていたとしても成功する可能性は低いし、まして痕跡が残らないようにするとなれば、相応の時間と隠蔽工作無しには実現し得ない。だけど、私が知り得る中で唯一、二つの事故を短時間で実現できる方法がある。それは――マイナデスの禁書を使うこと」
「つまり、全てお見通し……ということですね」
ペリメが禁書を懐から取り出し、一時の沈黙がその場を支配する。
だが、ペリメがページを開いたことでその沈黙は破られ、蓋を開けた虫籠から放たれるように、数十匹もの蛇が本から現れ、それらは天地関係なく、空間を這い回るように私目掛けて襲い掛かってきた。
見た目のグロテスクさで精神的な先制攻撃を受けながらも、私は体をしならせながらそれらを回避してみせる。
「やっぱりRe-Actorを……」
「気を付けて下さい。その蛇たちは触れるものを侵食し、腐食を引き起こします。丈夫なあなたの身体といえど、ただで済むとは限りません」
その忠告通り、私の着ている病衣の一部は焼け焦げたように変色してボロボロと崩れ落ちていたものの、そんな些細なことには目も暮れず、私は人差し指を立て、指揮棒を振るように指先で空を薙ぐ。
――スパッ。
その指先になぞられた蛇たちは次々に真っ二つとなって地面へ墜落し、あたかも存在していなかったかのように塵となって飛散する。
その一部始終を見ていたペリメは、理解出来ないといった様子で唖然とした表情を私に向けた。
「なぜ、触れても平気なのです……?」
「触れてはいないよ。生憎と武器代わりはこれくらいしか見あたらなかったけど、錆びに強い素材がたんまりあった。さすが病院」
「医療用メス……素材はステンレス……。腐食は対策済みですか……。それでしたら、これはどうです?」
ペリメが自らの頭部を撫でるように触れると、まるで奇術のように冠のようなものがそこに出現した。
「この本にはこうも描かれています。デュオニュソスを崇拝しているマイナデスたちは、彼の象徴でもある葡萄の蔓や蔦をキヅタの冠に見立て身に着けていた、と」
「キヅタ……? ――っ!? しまっ……!?」
足元に違和感を感じたときには既に遅く、私の足首は地面から生える無数の蔦によって絡みとられ、逃げることを許してはくれなかった。
「それはただの蔦ではありますが、メスで切断するのは困難かと」
絡みついた蔦を引き千切ろうともがいているうちに、ペリメは足音もなく私の目前まで距離を詰め、無表情ながらに私のことを見つめていた。
身動きがとれない状況で、かつこれほどの近距離で蛇たちを放たれれば、さすがの私といえども対処は難しいと考え、私はせめて時間稼ぎが出来ればと、ペリメに話題を振る。
「マイナデスの禁書が手元にあることもそうだけど、私に攻撃を仕掛けたってことは、あなたは組織と違った思惑で動いている。そうなんでしょ?」
今まで一度も見せたことのない妖艶な笑みを浮かべながら、ペリメは動けない私の頬にそっと触れる。
「その通りです。この本をあなたから受け取って以来、私は何よりも優先すべきことを見つけ、日が経つにつれてその想いは段々と強くなり、やがて胸が焼けるような衝動を自分で抑え込むことさえ出来なくなってしまいました」
「禁書の影響……。でも、それなら二人に危害を加える理由はなぜ? 目的は何?」
「目的……。組織もしがらみも関係なく、私はただ自分の欲望のままに動くことにしました。であればこそ、あの二人は私にとって邪魔な存在だといえ、怒りという稚拙な感情さえ覚えてしまうほどに憎いと感じるのでしょう」
ペリメの顔が私の眼前まで迫ったかと思うと、頬にぬめっとした生暖かい感触を感じ、何が起きたのか理解できなかった私は、呆然とペリメの顔を見つめ返す。
口角から滴る涎を舐めずるその姿を見て、挑発を受けたという意味の舐められたではなく、実際に舌で舐められたということを悟り、私は鳥肌が立つような感覚を覚える。
「しょっぱい……」
「……ぃ!? ちょ、ちょちょ……!? ななな、なんでこんな……!?」
「美味しそうでしたので……つい」
「美味し……そう……? わ……私を食べる気……なのか?」
「面白い冗談です。彼女たちの影響か、誰かを殺めたいという衝動は確かにあります。しかしながら、骨の髄までしゃぶって食欲を満たそうと、私の愛までは満たされそうにありません」
「あ……あい……? I……藍……愛……――ハッ!?」
これまでのペリメの行動や意味深な言動、そしてマイナデスの持つ特性の一つが私の中で一つに繋がったその瞬間、背筋が凍るような悪寒が私の全身を駆け巡っていった。
「同性愛……。まま……まままま……!? まさか……っ!?」
「下世話な表現をするのであれば、私の目的はあなたを食べることかもしれません……♪」
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