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Forget - 忘却(1)

 草葉の擦れる音が耳をくすぐり、暖かな風が肌を撫で、私はふと瞼を開く。

 目の前にはキャンバスに描いたような青い空が視界いっぱいに広がり、私は吸い込まれるような圧巻の光景を前に、起き上がることを後回しにして、猫が日向ぼっこを満喫するかのように、置かれた状況を堪能する。


「気持ち良い……」


 蒼天とも表すべきその空に、無数に舞う白いものが目に留まり、私は条件反射のように何も考えず、その中の一つを掴み取る。

 手のひらをそっと開くと、そこには1センチ四方ほどの白い紙片のようなものがあり、私はそれを陽光に照らすように摘み上げ、ぼんやりと観察をはじめる。


「雪……じゃない……。花びら……か……」


 自分の背と平行になっている世界を、首を倒しながらぐるりと見渡すと、自分が満開の桜の木々に囲まれながら、地に舞い落ちた花弁のベッドで寝ていることを悟る。

 それでもなお、起き上がろうというような衝動が私の中で生じる様子はなく、私は自然と目前の青へと視線を戻す。


「もうちょいこのままでいっか……」

「良くないよー? まだまだ肌寒いし、そんな格好で寝てると風邪ひいちゃいますよー?」


 突然直上から声を掛けられて首を上げると、いつの間にやら学生服に身を包んだ女の子が私の様子を窺うようにしゃがみ込んでいた。

 未だ状況の飲み込めていない私は、親しそうに話し掛けるその声の主に無難な返答をする。


「あー……いや、寝てたわけじゃ……」

「そうなの? それじゃ、体調が悪いとか、怪我して動けないとか?」

「そういうのでもない……かな」

「えーっと……好きでそうしているってこと?」


 私がそう応えると、その制服女子は疑問を表すように首を大きく傾げた。


「えっと……。なんて言ったらいいのかよくわからないけど……何をしてたのか思い出せない……みたいな……?」

「思い出せない……? それって……記憶喪失ってことかな? 名前とか住所とかも思い出せないの?」

「わか……らない。思い出せそうにない……」

「それじゃあ……私のことも?」


 そう問われて、私は制服女子を見上げ、改めてその容姿をじっくり観察しはじめる。

 年の程は高校生くらいで、タレ目気味で目鼻立ちは良く、クセ毛の先がはね上がっていながらも風になびくほどの黒い長髪を腰ほどまで下げ、少しばかりふっくらとした肉付きをしている健康そうな少女――断片的ながらもそれらの情報が、彼女の穏やかそうな雰囲気を醸し出していた。

 制服女子の意図は読めなかったものの、ここで話をややこしくするのもどうかと考えた私は、ただ一度頷いた。


「そっかー……。そう……なんだ……」


 あからさまに落胆しながら視線を背けた制服女子に、取り繕う言葉を並べ立てようとすると、私の焦りとは裏腹に、制服女子はニッコリと微笑み返した。


「まあ、私たち初対面だし、思い出すのは無理だと思うよー?」

「えっ……? それじゃあ今の物憂げな反応ナニ……?」

「あっはははー♪ 確かに、体調が悪いわけではなさそうだねー♪ それなら、自分で立てるよね?」

「それはたぶん……大丈夫……」


 名残惜しみながらも仕方なく腰を上げ、制服女子の眼前に立つや否や、制服女子は私の手首を引っぱって、どこへともなくスタスタと歩き出した。


「どこに……行くの?」

「私の(うち)。すぐそこにあるの」

「な……なんで……? 私も……?」

「なんでって……記憶の無い人を放って置くわけにはいかないでしょー? それにからっぽさんの格好、ちょっと心配だよー。なんでこんな春先に水着なのー?」


 「心配だ」などと指摘されて視線を落とすと、ピチピチの黒いボディースーツに全身を包んでいるだけで他には何一つ着用していないという自分の状況を再認識し、私の中に眠っていた羞恥心が一気に込み上げてきた。


「これは水着じゃないけど……。心配なのは認める……」

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