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第8話 金剛拳

ジーンがランニングで帰る途中、町まで後もう少しという所のことだった。


 最初は遠目から人が数人いるのことを確認できた。

 町から北側のこの街道を通る人自体が珍しい。

 なんだろうと目を凝らしながら近づいていく。


 男同士が揉めているのと、道端に女性が衣服を一部剥ぎ取られたような格好で倒れているのが目に入った。

 3名の男と1名の女性がいる。そこまで近づくと走るのを止めて、息を整えながら彼らに近づいていく。 


 男の一人は自身の両手を真っ赤に染めていた。

 その男が地面に倒れた大男の両肩を掴み、両肩を嘘のように握りつぶす。


「いぎゃああああああああああああああああ!!!」


 大男は目から涙を流しながら絶叫をあげる。

 男の両手、大男の両肩から鮮血がこぼれる。

 両肩を握りつぶした男は喜悦の表情を浮かべている。


 大男の傍らにはあと一人、全身血だらけの別の男性が倒れていて、ピクリともしない。


 血の匂いが鼻につく。尋常ではない状況だ。

 両肩を握りつぶした男はこちらに背を向けており、また気付いていない。

 ジーンの脳裏に逃亡することが頭によぎる。


 しかし、その時、地面に倒れた女性と目があう。女性は怯えきった様子だ。

 その女性の目を見て、ジーンから逃げるという選択肢が消えた。


「おい」

「はい?」


 背中を向けていた色白で小柄な男が、こちらに気づいて振り向く。

 どこかで見た顔…………ジーンはその男をマリーナの宿屋の食堂で見かけたことがあることを思い出す。


「お前は……」


 大男もよく見ると食堂で見覚えがあった。


「あなたですか……丁度いい、邪魔者のあなたも一緒に始末して差し上げますよ」

「邪魔者?」

「マリーナさんをものにするのに邪魔なのですよ。こちらの雑魚もそうですけど、誰が狙っている女に手を出そうとしているのか思い知らせて上げます」

「………………」


 カイサルは地面に倒れて痛そうに顔を歪めている巨漢のダリウスの顔面を足で踏みつける。


「命が欲しければこのゴミクズのように私に命乞いすることです。あなたは直接的に私に逆らった訳ではないので、今日ここで見たことを忘れて、ナーストレンドから去るというなら命は助けてやらんでもありませんよ?」


 大男がダリウスという名で、ナーストレンドで一番の冒険者であることはジーンも伝え聞いていた。

 そのダリウスをゴミ雑巾のように扱い、完全に屈服させているカイサルという男。

 確かどこかの道場主だったと思うけど、そのような男と戦っても万が一にも勝ち目はないとわかる。


 ジーンの額から冷や汗が滴り落ちる。


「女性を解放しろ、そしてもう暴行を止めるんだ。死んでしまうぞ」

「ほう、私に逆らうのですか?」


 カイサルはニヤリと口角を上げた後、一気に間合いを詰めて、ジーンに手刀を繰り出してきた。

 ジーンはその手刀を咄嗟に躱す。カイサルの手についていた鮮血が空中に飛散する。


「ほう、今のを躱しますか」


 余裕の表情を浮かべながらカイサルは述べる。


 ジーンはカイサルの攻撃はスペリオンの攻撃と比べて余りにも遅いと感じる。

 まるでハエが止まったようなスピードだ。

 おそらく手加減されているのだろう。


「舐めているのか?」

「ははははは、当然舐めていますよ。なお、今のは50%くらいのスピードです」


 カイサルはまた手刀を連撃で繰り出す。

 それをまたジーンは躱す。

 手刀が空を切り裂く音が辺りに響く。


「へえ、これでもまだ躱しますか。今のは70%くらいの力は出したんですけどね。マグレにしても褒めて上げますよ」


 完全にジーンのことを嘲りきった様子でカイサルは述べる。


「だが……次は決して躱せません。宣言します、100%でいきます。あなたもいい声で泣くことを期待していますよ!!」


 カイサルの両手が光輝く。

 その光景を目にしたダリウスの口から「ひぃっ」と小さな悲鳴が漏れた。


 

 カイサルが興した『金剛手』という格闘技の流派。

 これは元々の彼のユニークスキル『金剛手』からネーミングされたものであった。

 この『金剛手』というユニークスキル。

 それは自らの手を極限までに身体強化して、剣よりも切味鋭く、鉄球よりも強力な打撃を与えるというものであった。

 近くの地面にはカイサルによってバラバラに切り刻まれた三日月刀と大剣とが散乱していた。


 

 カイサルが踏み出した余りのスピードに土煙が生じる。

 全力の『金剛手』、鉄製の剣が切り刻まれるような切れ味を誇る手刀がジーンに迫る。


 近くの道端にいる女性はカイサルとジーンが接触する直前で、その目を両手で覆う。


 女性はしばらく時がたって、恐る恐る両手を離して瞳を開く。

 そこには無傷のジーンとそれを驚愕の表情で眺めているカイサルの姿があった。


「ば、バカな!!」


 カイサルは一旦ジーンとの距離をとって驚愕の声をあげる。

 地面に倒れているダリウスも驚きの視線をジーンに向けていた。


「今のを躱せるだと?…………そ、そんなはずはない、マグレだ! そうに決まっています!!」

「いや、いつまで舐めているつもりだ?」


 スペリオンに比べるとまだその攻撃は驚くほど遅い。

 ジーンはカイサルがまだその実力を隠して、茶番を演じていると感じている。


「な、舐めているだと!? ふざけるなぁ!!」


 カイサルは連続で手刀をジーンに斬りつけるように放つ。

 空を切る手刀の音が辺りに響く。

 もはやその攻撃スピードは疾すぎて戦っている二人以外は誰にも目で追うことはできない。


 二人が目にも留まらぬ攻防を繰り広げているその時――不自然にカイサルが後方へと吹っ飛ぶ。


 吹っ飛んだカイサルはその目を見開き驚きの表情を浮かべている。

 そこでカイサルの鼻から、ツーっと鼻血が地面にしたたり落ちる。


「え? ……は? な、何が起こった?」


 ジーンからしてみると、余りにもゆっくりと攻撃をしてくるカイサルに、苛立ち混じりに軽くジャブを放っただけであった。

 カイサルは自らの鼻の痛みを確認し、ようやくジャブを放たれたのだと気づく。


「て、てめぇ、よくも俺様に血を! バラバラに切り刻んでやる!! 楽には殺さねえ! 生き地獄を味あわせてやるぞぉっ!!!!」


 それまで丁寧な口調だったカイサルの口調が急に変わり、貼り付けたような笑みを浮かべていた表情が憤怒の表情へと変わる。


 カイサルは手刀を狂ったように次々と振り回すが、ジーンはそれをすべて躱す。


 次々繰り出される猛スピードの攻撃によって辺りに土煙が生じる。

 土煙によって二人の姿が見えにくくなったその時――――鉄と鉄とを弾き合うような凄まじい反響音が周囲に拡散する。


 しばらくの間、無音の時が流れる。


 土煙が消えて二人の姿が見えると――――そこにはカイサルの手刀を素手で受け止めているジーンの姿があった。


「な、な、な、な…………」


 カイサルはジーンが素手で、自身の全力の『金剛手』の攻撃を受け止めたという事実に、驚きすぎて言葉にならない。

 

 一方ジーンは空いている手の方でジャブをカイサルに放つ。

 カイサルはまた後方へと大きく吹っ飛ぶ。

 鼻から吹き出た鮮血が美しく宙を舞う。


 ここまでにいたってジーンに疑念が生じる。


「もしかして…………お前、ハッタリばかりでほんとは大したことないのか?」


 スピードも遅いし、鉄をも切り裂くといっていた手刀も、ジーンの身体強化だけがかけられた素手に防がれてしまっている。

 目に涙を浮かべて鼻血が吹き出されているその様を見ていると、舐めて力を温存しているようには見えなかった。


「一体何者だ……お前は? このような辺境に俺の攻撃を防げるやつが――ぐぼぅ!」


 カイサルが話している途中でジーンは一瞬間合いを詰めて、その腹部に拳撃を放つ。

 ジーンの拳はカイサルの腹部深くまで突き刺さり、カイサルはその目に涙を浮かべながら、嘔吐する。

 カイサルの口から吐き出された胃液が地面へと垂れ落ちる。

 そのまま地面に跪き、苦悶と絶望の表情で、拳を振りかぶっているジーンのことを見上げる。


「そんな……ば……か……な――」


 ジーンは左フックを苦悶の呟きを発しているカイサルに放つ。

 カイサルの顔面が嘘のようにグルンと回り――その目は白目へと変わり、意識を失ってその場に倒れ込む。


 その場にいる人々から愕きの視線がジーンへと向けられる。

 ジーンの勝利の瞬間であった。


 あまりの衝撃により、しばらく辺りには静寂の時が流れる。


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