第5話 獣たちの邂逅
「じゃあ、一旦部屋に戻るよ」
「はい」
ジーンが自室に向かうのを手を振りながら見送った後、マリーナは夕食の準備にキッチンに向かおうとする。
「すいません」
マリーナは常連の一人に呼び止められる。
その男は笑顔が貼り付けたような柔和な顔をしており、背丈は小さく色白だ。
見た目は肉体労働者というよりは、どこかインテリの役人のようである。
「カイサルさん、追加のご注文でしょうか? すいません、お待たせしてまして」
「いえいえ、注文ではなくてですね。よろしければ今度一緒にお食事でもどうかと思いましてね」
「…………え、あ……ありがとうございます……ですけど、お店のことがいろいろと忙しくて……」
「休みなく営業されているのは把握しています。隙間時間でも構いませんので。それともどうでしょう、一日休暇をとってみては? 働き詰めは体に良くないですよ」
「え、う……そ、そうですね……。すいません、今は連泊しているお客さんもおりますので……」
マリーナの言葉で一瞬カイサルの目つきは厳しくなるが、すぐに元に戻る。
そこに別の客が割り込む。
「飯に行くなら、そんなモヤシ野郎じゃなくて俺と行こうぜ、マリーナちゃんよ」
彼も店の常連の一人だった。
顔にはいくつかの裂傷が刻まれ、熊のような体格をしている。
彼の背丈ほどもあるような大剣が傍らに立てかけてあった。
「ダリウスさん…………すいません、ご飯に行くわけではありませんので……」
「ちょっとあなた、今は私とマリーナさんが話しているのですけど。それにモヤシ野郎でしたっけ? 私こうみえてもナーストレンドで道場を開いていまして――」
「知ってるよ。知っててそう言ってんだよ俺は」
ダリウスは獰猛な笑みを浮かべながら告げる。
場の空気が一変し、カイサルとダリウスから発せられる強烈な敵意が部屋を充満する。
マリーナは腕を前で組み、思わず後ずさる。
「冒険者風情が随分な言い分ですね。何か文句があるのでしたら、私の道場へお越しください。稽古をつけて差し上げますよ」
カイサルのその挑発により、ダリウスの額に青筋が走る。
「冒険者風情だと? 面白え! 別にそれはわざわざ道場に出向かなくても、今すぐでもいいだろ?」
ダリウスは椅子を音立てて勢いよく立ち上がり、傍らに立てかけていた大剣を手に取る。
巨体を揺らしてカイサルに近づき、二人は至近距離でにらみ合う。
マリーナは、怪我人がでそうだと気が気でない。
「いいんですか? マリーナさんの前で恥をかくことになりますよ?」
「てめぇがな!」
二人はお互いの鼻先が触れ合いそうな距離で、バチバチと火花を散らしながら言い合う。
「や、止めてください……」
マリーナは二人を止めようと声をかけるが腰がひけてしまっている。
彼らはこちらを振り向きもしない。
カイサルを噛みつかんばかりに見下ろしている大男のダリウス。
彼とて有象無象の冒険者ではない。
F〜A、Sランクとある冒険者ランクのうちの、ナーストレンドでは最高ランクのBランクの冒険者だ。
彼よりも強い冒険者はこの町には存在しない。
一方、その熊のようなダリウスに一歩も引かないカイサル。
彼は一見すると細身でとても強そうには見えない。
しかし細身に見えるその肉体は実は鋼のような凝縮された筋肉に覆われていた。
どちらが先に手を出すか機先を探り合っているその時――――
このままでは宿も破壊されてとんでもないことになってしまう。
マリーナが業を煮やしてついに、
「ちょ、いい加減にしてください! お店で喧嘩しないでください!」
「「…………」」
マリーナの剣幕に二人は押し黙る。
「ちっ、マリーナちゃんの顔を立てて今日の所は勘弁してやる! 命拾いしたなぁ青びょうたん!」
「よかったですねー、マリーナさんの目の前で恥をかかずにすんで!」
二人はお互いにそう煽りあった後、テーブルに勘定をおいて店を出ていく。
「…………ふう」
二人が店から出てその姿が見えなくなってから、マリーナはため息を一つ吐く。
テーブルの上に置かれたお代を集めているとそこへ――
「あーーお腹空いた。マリーナ、夕食もうできてる?」
空腹のお腹をさすりながらジーンが現れた。
マリーナはその様子を見ると嫌だった気分が一気に吹き飛び、
「ジーン! すぐ用意するから、ちょっと待っていてね!」
そう告げていそいそとキッチンの中へと入っていった。