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第4話 ランニング

「それではいってきます」

「はい、いってらっしゃい!」


 宿屋を切り盛りしている店主のマリーナの笑顔に送られて、ランニングに出発する。


 最初はゆっくりとフォームを確かめるようにして走る。

 ペースは歩くよりも少し速いくらいのペースだ。

 ランニングをする人間が珍しいのか、すれ違う人々からはよく奇異に見られる。

 しばらくナーストレンドの町を北方向へ走ると町を出て、平原に出る。

 草々の匂いが風に運ばれてくる。

 少し息が切れてきた。


 たまたま出会ったマリーナの宿に泊めてもらえることになったけれど、いつまでも甘えてはいられない。

 数日前にジーンはすぐに仕事を探した。

 すると文字の読み書きと四則演算ができる人材を募集している商会の会計士の求人があった。

 朝10時くらいから午後3時くらいまでと勤務時間は短く、週休二日で好条件の求人だ。


 その面接に呆気なく通り採用となった。

 元々はダメ元で面接にいった求人だ。

 素性は怪しく、宿屋住みで定住先もまだない。

 できることと言えば文字の読み書きと簡単な計算のみ。

 面接を受ける前は十中八九落ちると思っていた。


 マリーナに聞く所によるとこの異世界では、貴族は除いて一般人で文字の読み書きと四則演算ができる人材はめったにいないらしい。

 貴族以外は学校教育など受けていないという。

 そういった事情もあり、ジーンという人材は実は貴重ですぐに就職できたのであった。


 平原を流れる風が気持ちいい。

 ジーンは転生前、30代だったけれど、転生後の今は20代と肉体は若返っている。

 20代など体力は有り余っているはずだが、なぜだか転生前と比べてもこの体はランニングをするとすぐに疲れてしまう。

 最初などは5分と走り続けられなかったぐらいだ。


 元々運動に向いていない肉体なのか?

 元世界と異世界で何か違いがあるのか?

 その辺り不明ではあるけれど、コツコツとランニングを続け、二か月ほどが経過してようやく、ゆっくりとしたペースであれば20分程度は走り続けられるようになってきた。

 

 前方に森が見えてくる。

 顔や体の痛みの記憶が蘇り、ジーンは少し気合を入れる。

 その森は一見ではなんの変哲もないように見えるが、実はとんでもない森であった。


 森に入ってしばらく走るとジーンはそれを目視する。

 と同時にそれは超スピードでジーンに突っ込んできた。

 手部分だけを身体強化して弾く。

 生身の肉体で弾いたのだが、岩石同士の衝突し合うような大きな打撃音が森に響く。


「よし!」


 走りながらもガッツポーズをする。

 それはスペリオンという小型の鳥類の魔物だ。

 人を確認すると猛スピードで体当たりしてくる。

 直撃しても一撃で死ぬことはないけれど、小石をぶつけられたくらいのダメージは負う。


 ナーストレンドは地理的に周りを岩山に取り囲まれるように存在している。

 外界との交通手段は南北に伸びる道で、南側の街道は少し進むとすぐに関所がある為、ジーンは北側の道をランニングコースとしていた。

 北側の道はこの森に通じ、この森を避けて先に進むことはできなかった。

 

 ランニング中にスペリオンに遭遇し、先に進めなくなり、あれこれ対策を考えて、手部分だけの身体強化にいきついた。

 ランニング中の体全体の身体強化は一種のドーピングのように感じる為、やりたくなかった。

 ジーンはスポーツマンシップを重んじる。


 二の手、三の手とスペリオンが超スピードで突進してくるのをジーンはギリギリで防ぐ。

 どうやらようやくコツが掴めてきたようであった。


 このスペリオンの攻撃を、ジーンは最初から防御できたわけではない。

 はじめてスペリオンと邂逅したときには、何かがぶつかってきたけどそれが何だか分からなかったくらいだ。


 攻撃で何度も傷だらけになり治癒魔法で回復する。

 その頻度が多すぎて、先を進めずに断念する日々が続いていた。

 今日ようやく防御に成功した次第だった。


 今日になってなぜ防御が立て続けに成功するようになったのか。


 スペリオンのスピードに目が慣れてきたということもあるが、自身のスピードも向上しているような気がしている。

 ランニングを続けていると体力がつくけれど、それは通常持久力だ。

 瞬発力はつかないというのは元世界の常識だ。


 しかし異世界でランニングをしていると、瞬発力も向上している気がするのだった。

 それに最初にスペリオンの突撃をくらった時のダメージより、今の方がダメージも少ない気がする。

 もしかしたら異世界はランニングの疲労度が高い分、何か特別な効用があるのかもしれない。

 どれもまだ気がする程度で、確証などはないのだけれど…………。


「ぐっ!」


 次の攻撃は防御が間に合わず、スペリオンが顔面に直撃した。

 すぐさま治癒魔法をかけながらも次の防御に集中する。

 走りながらも一瞬も気を抜けない。


 一撃は食らったけれど、その後のスペリオンの攻撃はすべて躱せている。

 このまま走り続けられるかと思っていたその時――それまで単数のスペリオンの突撃が、突如複数となって襲ってきた。


「うわっ!!」


 二羽同時に飛んできたスペリオンのうち、一匹は防げたけど、もう一匹は胸部に直撃する。

 治癒魔法をかけながらも進もうとするけれど、今度は三匹同時に飛んできて、そのすべてが直撃した。

 その後も攻撃をくらいながらも進もうとするけれど、複数匹は完全に防げず、途中で踵を返して町に戻ることになった。


 

 

 宿の前の道を掃除していたマリーナは、ランニングから帰ってきたジーンの姿を確認すると花咲くような笑顔を見せた。

 その笑顔にジーンはドキッとする。


「おかえりなさい」

「戻りました」


 風に運ばれて彼女からいい匂いが漂ってくる。

 彼女の宿は食堂もやっていて、まだ独り身で若くて美人の彼女目当てに多くの客が来ているようだった。


「あれ、ジーンさん顔に怪我をしてる?」

「うん、ちょっとスペリオンに襲われて。後、ジーンさんじゃなくてジーンでいいよ」

「う、うん……。じゃあ、治癒魔法かけるから少しじっとしていて、ジーン!」


 彼女の手から光り輝く温かなものが発せられて、それが傷ついたジーンの顔を覆う。

 治癒魔法を受けると安心感とともに、若干の快感をおぼえる。

 この快感の度合いは自分で自分を治癒するより、他人に治癒してもらった方が強いようであった。


 マリーナは魔術師ではないけれど、生活魔法として低ランクの治癒魔法は使えた。

 どうやらこの異世界では生活魔法程度なら誰でも使えるようである。


 そもそもスペリオンがいる森までは町の人はめったに出向かない。

 というか北側の平原にも出向く人は稀であった。


「これでよくなったと思うけど、大丈夫?」

 

 マリーナはそういってジーンの傷ついた箇所を優しく撫でる。


「痛みも完全に消えたよ。ありがとう」

「よかった!」


 マリーナはやわらかな笑顔を浮かべる。

 ジーンはまた強烈な既視感に襲われる。


 一体なんなんだろうこれは……。

 異世界に転生してきて彼女とは間違いなく初対面のはずなのに。


「あの……よかったらこれ」


 そこでマリーナからジーンにタオルが差し出される。


「ああ、どうも」


 タオルは彼女の体温で少し生暖かった。

 ジーンはそのタオルで汗をかいた顔などを拭う。

 

「喉乾いたでしょう? 食堂でお水呑んでいって!」


 ジーンはマリーナに促されるままに宿の食堂に入っていく。


 そのような二人の様子を食堂から苦々しげに眺めている面々がいることに、二人は気づいていなかった。


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