第2話 来訪者たち
「んぼぉーぼぼぼぼぼぼぉーー」
指定された喫茶店で待ち合わせをしていた貴族の子爵である、ヨナス = テレジオは後方から奇妙な声を聞く。
そしてその奇妙な声を聞いたと同時に、店内には異臭が立ち込めはじめた。
声がした方向の後ろを確認すると、そこには中年の男性と、その従者と思われる小柄な女性とがこちらに向かってきていた。
テレジオは先ほどの声と異臭の原因が向かってきている男性だと直感する。
「んまぁ、ヨナス子爵なの?」
「…………ええ、いかにも私がヨナスです」
「はじめましてなの。私、アスタロト侯爵に仕えているパウラというの。こちらがアスタロト侯爵なの」
「むふぅー、よろしく。我がアスタロトである」
アスタロトの口から異臭の立ち込める気がしてヨナスは思わず顔を歪める。
アスタロトは逆立つような短めの髪に面長の角張った顔をしている。
太い眉も逆だっており、顔形が不自然に角ばっているように感じられた。
肌は色黒で、黒色のスーツと赤色のシャツに身を包んでいた。
一方の従者は少女と言われても通じる程、幼く感じる面立ちだ。
水髪の長髪に、透き通るような白い肌が特徴的だ。
白基調に水色が入ったメイド服を着ている。
「ようこそ、わざわざこのような辺境までお越し頂きまして。さあどうぞおかけください」
平静を装いながらヨナスはいう。
ナーストレンドに高位の貴族が商業目的で訪れる。
知り合いの貴族にそう言われて、案内と便宜を図るように指示をされていた。
「さっそくだけどアスタロト侯の住む場所が欲しいの」
「はい、そちらは手配させて頂いております。何分辺境の田舎町ですので、邸宅の大きさや豪華さにつきまして、オススメできるようなものではないのですが」
そういってヨナスは邸宅の位置が示された地図を手渡す。
「それは構わないの。後、使用人も何人か手配して欲しいの」
「……何人ほど必要でしょうか?」
「うーん、とりあえ2、3人欲しいの」
「……かしこまりました」
パウラの言葉遣いにヨナスはイラッとする。
こちらは仮にも子爵だし、そう名乗っている。
礼節のある言葉遣いを使用人にさせるべきであろう。
「あなたパウラ……とかいいましたね? 私は仮にも子爵ですよ。その言葉遣いはなんなのですか?」
「申し訳ないの。パウラはこのような言葉遣いしかできないの。主に対しても、更に高位の方であってもこの言葉遣いなの」
「……まあいいでしょう」
パウラから感じられる異様な冷たさに、若干気圧されながらヨナスは応える。
「他には何か必要なものはありますか?」
「必要なものが出てきたら使用人に用意させるの。使用人に用意できないものがあればお願いするの」
「了解です。後、こちらで何か商売をはじめるとのことですけど、商売の内容を伺ってもいいですか?」
「むふぅー」
そういう声を発するとアスタロトはヨナスに鋭い視線を向ける。
「それはあなたに関係ないの。いや、そのうち嫌でも関係するの。待っているの」
「……? それはどういう――」
そこまで話した所でアスタロトは一方的に立ち上がり、パウラはそれに続く。
「いろいろと便宜感謝するの。諸経費は後で請求して欲しいの。それではこの辺りで失礼するの」
「……それでは」
ヨナスはアスタロトとパウラが喫茶店から出ていくのを呆然と見送った。
パウラは邸宅までの地図を見ながら先導している。
「んまぁ、これで前準備は完了なの」
「むふぅー、ゲートの準備もか?」
「ゲートの準備も開始しているの。大体1ヶ月ぐらいしたら開通する予定なの」
「むふぅー、いいぞ。さすがは我が一の眷属よ」
「もったいないお言葉なの」
「んぼぉーぼぼぼぼぼぼぉーー」
アスタロトがそう声を発した後、彼らとすれ違った通行人たちは不快そうに顔歪めて彼らを振り返っていた。