表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/44

第21話 高重力区間

「ふぅー、じゃあ今日はこの先を目指してみるか」


 ジーンは誰もいない荒野で呟く。

 ここまで大分楽に走れるようになってきた。

 スペリオンや毒カエルはどういう了見か、もうジーンを見ても襲ってこない。

 明日からは仕事が休みなので今日はチャレンジとしてまた、ランニングの距離を伸ばすつもりだった。


「よし!」


 掛け声とともに休憩を終わり、足を踏み出して走り始める。

 荒野には少し強めの風が吹いている。

 足元の地面では無数の小石が転がっている。

 そこは岩石と土の地面ばかりで生物の気配は感じられなかった。


 体力はまだまだ余裕がある。

 明日は休みということもあり、気力も十分だ。

 だがここは異世界。スペリオンに毒カエルなどどんな魔物が現れるか分からない。

 ジーンは周囲の警戒は怠らずに走り進める。


 いい感じだ。

 腕と足が自然と可動する感覚。

 リズムのまま、流れのまま走り進める感覚。

 今日は大分先まで走り進められそうだと思った、その時であった。


 ズシン。

 急に体が重くなる。

 なんだこれは?


 ジーンは富士山に前に登ったことを思い出す。

 3000メートルを超えた辺りの高地での体が重くなった感覚。

 それに少し近いかもしれない。

 しかしここは高地ではないし、呼吸はそれほどしんどくない。

 まるで腕と足におもりをつけられたかのような感覚だった。


「ぐっ、なんだこれ?」


 走り進めれば進めるほど体が重くなっていく。

 その内、肺や内蔵なども押しつぶされるような感覚になってくる。

 重力がどんどん強くなっているかのようであった。

 とても走っていられない。ジーンは歩き出す。

 一歩一歩、歩いていくが、しばらくすると歩き進めるのすらしんどくなってくる。


「……引き返すか」


 ランニングの距離を伸ばすと決めた矢先のことだ。

 ジーンは少しショックを受ける。同時に新たな目標もできた。

 魔物に毒。今度の障害はなんなのか、よくわからないが必ず乗り越えてみせる。


 

 

 それから1ヶ月後。


「よし!」


 高重力区間。

 ジーンが勝手にそう名付けた区間を走り切ることができた。


 高重力区間は徐々に重力が強くなりMAXになる。

 そしてMAX区間がしばらく続く。

 MAX区間では10倍くらい重力負荷がかかっているかもしれない。


 目線の先には荒野が終わり、森が見える。

 森の先には非常に高い壁がそびえ立っているのが、うっすらと見える。

 小山くらいの高さがある壁だ。

 その壁はまるで万里の長城のように、どこまでも続いていっている。

 

「なんだあれは?」


 といっても壁まではまだ大分距離がある。

 高重力区間を走ってきて体はヘトヘトだ。

 これにまだ往路がある。

 今日はもうこの辺りで引き返した方がいいだろう。


 ジーンは踵を返して戻ろうとする。

 その時、薄っすらと聞こえるか聞こえないかのような音量で子供の泣き声が聞こえた気がした。


「子供? こんな所で……まさかな……」


 気のせいかと走って戻ろうとするが、また泣き声が薄っすらと聞こえてきた。


「しょうがないな……」


 ジーンはそう呟いて泣き声が聞こえてくる森へと向かった。




「びぇえーーーーーん! おじいちゃん、エマリス! うぇえーーーーーん!」

 

 森の中を進むと少女が一人で泣いている。

 見た感じ4〜6歳くらいの年齢に見える。

 辺りを確認してみるが、保護者の人はいないようだ。

 迷子だろうか。


「お嬢ちゃん」

「びぇえーーーーーん!」


 少女はジーンに気づかない。


「お嬢ちゃん!」

「びぇえーーー…………」


 少女はジーンに気づくと、泣くのを止めて固まった。

 一羽の鳥が一鳴きして木から飛びさっていく。


「どうした? こんな所に一人で。お母さんとお父さんは?」

「ママとパパはいない」

「ん? ママとパパから遠くに来ちゃったか?」

「ん」


 少女は天を指出す。


「ママとパパはお空からカルティアのこと見守ってる!」

「……そ、そうか」


 思いもよらぬ返答にジーンは少し固まった。

 気を取り直して。


「じゃあ、さっきおじいちゃんって言ってたよな? おじいちゃんはどこにいるんだ?」

「わかんない。カルティア、森を冒険してたら遠くまできちゃった。うぇえーーーーーん!!!」


 カルティアはまた泣き出しジーンは慌てる。

 ポケットに手を突っ込んでみるが、都合よくアメなど入ってるはずもなく。

 脳裏にマリーナの姿が浮かぶ。

 マリーナに助けてもらいたかった。


 ジーンはカルティアと同じ目線の高さまで腰を下げる。


「お兄ちゃんが来たからもう怖くないぞ!」

「……怖くない?」

「ああ、怖くない!」

「お兄ちゃん、幽霊怖くない?」

「ゆ、幽霊? この森幽霊でるのか?」

「嘘つき! お兄ちゃん、怖いものある!」

「べ、別に幽霊なんか怖くないぞ」

「ん!」


 カルティアはジーンに両手を差し出す。

 最初はそれがなんのジェスチャーかわからなかった。

 だが、抱っこして欲しいのだと悟る。

 ジーンはカルティアを抱き上げる。

 片手でカルティアを包み込むようにして抱く。


 元世界では結婚はしていないが、妹の子供の面倒を見たことがあり、子供の抱っこには慣れていた。


 カルティアはすっかり泣き止み、抱っこされて少し嬉しそうだった。


「おうちはあっちか?」


 ジーンは壁が立ち並んでいる方向を指し示す。


「わかんない」

「わからないか、そうか……」


 ジーンは判断に悩む。

 日はもう暮れだしている。

 このままカルティアの保護者を探してもいいが、最悪慣れない森の中で月明かりだけ。

 となれば遭難してしまうかもしれない。

 安全策をとるならカルティアを宿まで、一旦連れて帰ってしまった方がいいだろう。


「…………もう遅いから今日はお兄ちゃんのお家までいくでいいか?」

「お兄ちゃんのお家?」

「正確にはお兄ちゃんが止まってる宿だけどな」

「いく! カルティアお泊り! お兄ちゃんと一緒!」


 カルティアは両手を上げて喜ぶ。

 随分と人懐っこい子のようだ。

 それともたまたま自分を好いてくれているのか。


「じゃあ、帰るか。宿にはマリーナお姉ちゃんがいてな」

「お姉ちゃん?」

「ああ、お姉ちゃん」


 ジーンは夕日の中、オレンジ色に染められながら、カルティアを抱きかかえて帰路へと歩みを進めていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

いつも読んでいただき、誠にありがとうございます!
↑の評価欄【☆☆☆☆☆】を押して応援して頂けますと大きな執筆の励みになります!

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ