第20話 魔王トーナメント
小高い丘を超えるとその先は盆地のようになっており、数万の群衆たちが歓声を上げている。
群衆たちの歓声はまるで地響きのように大地を揺らす。
魔王ガルギアは盆地中央の円盤の闘技スペースに向かって、ゆっくりと歩を進める。
「皆様、お待たせしました! トーナメントの決勝で戦う我らが魔王、ガルギア様の登場になります!!」
群衆たちは絶叫のような歓声を上げる。
興奮は最高潮に達している。
「20年に一度、魔界で開催される魔王トーナメント。前回もその前回もそのまた前回も、そのまたそのまた前回もガルギア様が優勝し、ここ数百年ほどガルギア様の天下は揺らいでおりません! 今回の挑戦者は最強の魔王を打ち倒すことができるのでしょうか!?」
ガルギアが通る所に自然と道ができる。
群衆はガルギアに畏怖と恐怖、そして一部の者たちは反発の眼差しを向けている。
「ガルギア様! 今回も優勝期待しています!!」
「ガルギアてめぇこの野郎! いい加減負けやがれぇ! 今日がてめぇの命日で年貢の納め時だぁ!」
「お前ら誰に向かって口聞いてやがる!!」
「なんだあ文句あんのかこの野郎!!」
群衆たちの中で散発的に乱闘が勃発している。
頭に血が上り、冷静な判断ができていない。
そんな中でもガルギアに向かってくるものはいない。
向かっていけば瞬殺されることが皆わかっているからだ。
「今回ガルギア様に対峙するのはオーガ族のラヴロフになります! トーナメントを無敗、ほとんど無傷で勝ち抜いてきたという信じられないような猛者であります! ここ数百年ガルギア様に挑戦したものの中では最強でしょう! それもそのはずラズロフは――」
「我は最強のオーガである!!!!」
すでに闘技スペースで待ち構えているラズロフは爆撃のような音量で宣言する。
「形態進化を繰り返し、過去どんなオーガも到達できなかった魔王種まで我は到達した!! ガルギア、貴様の天下は今日ここまでだあ!!!!」
ラズロフの気合が円状に広がって、群衆たち全体にまで波及する。
群衆たちは畏怖の眼差しをラズロフに向ける。
ガルギアは思わず笑みを浮かべる。
強者との戦いこそ本望。
久々に戦り甲斐がある相手だった。
遂にガルギアは闘技スペースまで到達する。
「それで……これから決勝戦が…………皆様ご静粛に…………」
群衆たちが興奮しすぎて司会の声がかき消されてしまっている。
その時、ガルギアは両手を上げて、空中を掴むような仕草をする。続けて――
「頭が高い!」
凄まじい音量でそう言い放つと、掴んだ両手を下に叩きつけるような仕草をする。
すると――ズドンっという地響きと共に数万の群衆たちが一斉に地面にひれ伏した。
ガルギアの能力、空間支配によるものであった。
しばし訪れる静寂の時。
「進めろ」
ガルギアの指示に司会役の男が無言で何度も頷く。
「そ、それではこれより第33回魔王トーナメントの決勝戦を執り行います! 対峙するは並み居る強豪を物ともせず、決勝までほぼ無傷で勝ち上がった、過去最強の挑戦者との声も名高いオーガ種のラズロフーーー!!!」
群衆たちはラズロフに対して歓声を上げる。
「それを迎え撃つは我らが最強の魔王、ガルギアーーーーー!!!!」
先程のラズロフの数倍の歓声が地響きのようになって広がる。
「時間制限なし! 反則無し! 生死を問わず動かなくなった方が負け! 極めてシンプルなルールであります! それでは――――――始めぇ!!!!!」
歓声が湧き上がる。
強いものが偉い世界。
もしガルギアがラズロフに負ければ、その瞬間に魔王の座はラズロフのものになる。
「ぐぅうおおおおおおおおおお!!!!」
ラズロフは大きな唸り声を上げるとその体が変態する。
頭部から生えた二本だった角はもう二本増えて四本となり、もともと巨体だった体も一回りも大きくなる。
身体中の筋肉は盛り上がり、その肌からは複数の血管が浮き出ている。
紫色だった肌の色は赤黒に変色している。
トーナメント中は温存していた、最終形態の魔王形態への変態であった。
ラズロフは自身の体ほどの大きさのある巨大な斧を、軽々と片手で持ち上げる。
「始めから全開だぁ!! いざ尋常に、覚悟しろぉ!!!」
ラズロフは巨大な斧を振り上げガルギアに向かっていく。
一方のガルギア。
俯き微動だにしていなかったが、ラズロフが踊りかかってくるのに合わせてその顔を上げる。
そして片手に拳を作り、振り上げる。
「ふんぬーーー!!」
唸りながら誰もいない所に拳を振り下ろす。
ラズロフは慌てて頭上を斧で防御する。
しかし――――まるで隕石が落ちたかのような轟音と爆発がラズロフがいる場所から発生する。
爆風と共に土煙が発生する。群衆たちの一部は爆風にふっ飛ばされる。
しばらく時がたち土煙が消えると――闘技スペースだった場所は大きなクレーターとなっている。
そこには墓標のようにラズロフが使っていた斧がたっており、ラズロフの姿はどこにもなかった。
「し、信じられません! ガ、ガルギア様の一撃により……たったの一撃でラズロフは消滅しました!! 魔王トーナメントはガルギア様の勝利となり、今後もガルギア様が魔王として君臨いたします!!」
爆発のような歓声が上がる。
「流石ガルギア様!」
「あのラズロフを一撃で粉砕など信じられねえ!」
「魔王ガルギア万歳! ガルギア王国万歳! 栄光あれ!!」
次々にガルギアに称賛の言葉が向けられる中――
「おじいさま! おめでとうございます!」
一人の小さな少女がガルギアに駆け寄る。
すると先程まで眉間にシワを寄せて、悪鬼のような表情を浮かべていたガルギアの表情が一気に緩む。
「おおーー、カルティアや。おじいちゃんの勇姿を見ておったか!」
「はい、おじいさまの勇姿、すばらしかったです。カルティアは感動しました!」
「おおーー、カルティア、さあおいで!」
ガルギアは緩んだ顔でカルティアを抱き上げる。
「お嬢様! こんな場で陛下に……」
ガルギアの右腕グレイグがカルティアを咎める。
「よい! わしが許しておるのじゃ、何も言うな!」
「……御意にて」
グレイグはすぐに引き下がる。
「どうじゃカルティアよ、この景色。壮観じゃろう。この者たちは皆わしを称賛しておる。よいかこれが王者の景色じゃ。お前もいつかはこのような景色を自分の力で見るのじゃぞ」
「王者の景色……。おじいさま、カルティアはいつの日かこの景色を自分の力で見ます!」
「そうじゃ、そうじゃ、それでこそわしの孫じゃあ!!」
ガルギアは人目もはばからず、カルティアにチューをして抱きしめる。
群衆たちはそんな二人の微笑ましい光景を見て、また違う歓声を上げるのであった。