第18話 国王会議
「――ということだ。ジーンという一人の男によってアスタロトとその従者は討伐された」
ヤムール国王が地獄の大公爵、アスタロト来襲の顛末を話し終わる。
列席の面々の表情を確認する。
どれも半信半疑といった表情であった。
「にわかには信じがたい話ではあるな……度し難いことよ」
来席者の皇帝グラズヘイム三世からポツリと感想がつぶやかれる。
グラズヘイムは真っ黒な衣装に身を包んでおり、きらびやかな装飾は一切身につけていない。
彼はぱっと見ではとても皇帝には見えない格好をしていた。
ヤムール王国の来賓室の円卓に急遽集まった面々。
グラズヘイム帝国の皇帝を筆頭に各国から代表者として王たちが集結していた。
「ぐるるる。魔極者に、使徒聖女、それに神器を携えたヤムール王国最強の騎士を退けた悪魔たちが一人に倒された。しかもそれが一介の商人の会計士だと? 誰が信じられるんだそんな話しを?」
竜王国より来訪した竜王マドルクは人化しており、その姿を見るだけでは人族と見分けがつかない。
彼の重低音の声が来賓室の地に響く。
マドルクから強者のオーラをビンビンに感じる。
おそらく列席者の中では最強であろうと思われた。
だが怯むわけにはいかない。
「だが、それが事実である。それぞれこの会合の事前にあった報告の後、真偽の程は確かめているだろう」
「むぅ……」
ヤムール王国の国王がそう応じると、竜王マドルクは二の句を継げない。
「その会計士……ジーンでしたっけ? 最近ナーストレンドに来てその前の経歴は一切が不明らしいじゃないですか。もしかしたら――」
真っ白なローブでその身を包み、フードで頭をすっぽり覆った神聖マリーン教会公国の教皇セトが述べる。
教皇セトは少年のような体型と見た目ではあるが、はっきりとした物言いと聡明そうな顔立ちをしている。
セトが想定していることはヤムール国王にも分かった。
魔族を除きそんなことが可能な存在は一つしかいない。
「天界からの派遣者とでもいうの? 私たちに何も報告なしに地上に干渉したと?」
今度疑問を投げかけるのは、吸血鬼王国の女王アシュタロテであった。
彼女は真っ赤なドレスを着ており、雪のような純白の肌をして、真っ赤な瞳孔を怪しく輝かせている。
開いた胸元とスリットとなった足元からは美しい肢体が顕となっていた。
竜王マドルクの無遠慮な視線が彼女に向けられている。
マドルクの視線に気づいたアシュタロテは唇を一舐めした後、妖艶に彼にほほえみかける。
マドルクはごほんと一つ咳払いをするとアシュタロテから視線を外した。
「そうとしか考えられないだろう。悪魔の支配者の討伐など、ただの人間に行える所業ではない。天界からの派遣者というのは度し難い事態だぞ」
ヤムール国王は天を仰ぐ。
もしそうなら打つ手はほとんどない。
過去地上へともたらされた天界からの派遣者は決して正義の味方などではなかった。
天界の住民にとって地上の人間など、数多いる蟻に等しいほど価値がない。
天界からの派遣者は一種の天罰である。
地上と交わした事前の取り決めを地上が守れなかった時に派遣されるのだ。
過去派遣された国家は甚大な被害を被っている。
「もしそうなら我々地上の支配層が天界の不興を買ったのですよね? 天界が地上との事前の取り決め、協定を破ったことになるので。誰かやらかしていますか?」
教皇セトの問いかけにみんな押し黙る。
それについてはそれぞれが不安に思い、自国について事前に調査を行っていた。
お互いがお互いを牽制する。沈鬱な空気が来賓室に流れる。
「ぐるるる。貴殿ら一つ忘れていないか? 事態はナーストレンドで起こったのだぞ。あそこは人外魔境の魔界との接続点だ」
「もちろん忘れてませんよ。であれば竜王はジーンの正体が魔族だと?」
「ぐるるる。ああ、それも最上位の魔族だ。それなら悪魔の支配層と対等にやりあえてもおかしくはない」
「たしかに接続点ではありますが、ナーストレンドから魔界までの一本道は通行不能となるように天界からの強力な干渉があるはず。人間界から魔界、魔界から人間界はその経路を辿っては通行不可能であるという共通認識があるはずですよ」
「ぐるるる。だからその強力な干渉をくぐり抜けるような猛者が現れたのではないかと言っておるんだよ」
「そんな馬鹿な……」
そう応えると教皇セトは手を口に当てて考え込む。
「もしそうだとしたら……いやしかし……」
セトは頭の中で高速に何かを考えながら独り言を呟く。
「それよりジーンの監視者は誰に決まったのかしら?」
吸血女王アシュタロテの問いかけにより、各国の王たちの視線がヤムール国王に集まる。
ジーンという尋常ではない監視対象。
ヤムール王国最強の騎士団長を遥かに凌駕すると思われるその相手はヤムール王国の手にあまる。
その為、各国にジーンの監視を行えうる人物についての派遣依頼がされていたのであった。
ヤムール国王は少しの間、考え事をして瞑目していたその瞳を開く。
「それについては――」
ヤムール国王は竜王マドルクに視線を移す。
「ぐるるる。あーそれはうちの竜王直属部隊が面倒を見る」
室内がざわつく。驚きと懸念の表情をそれぞれの王たちが浮かべる。
竜王直属部隊。その戦闘力は申し分がなく、最強と言われるような冒険者パーティーとも伍して戦うくらいの実力はあるだろう。
しかし彼らはその強さだけでなく、気性の荒さでも他国にその名を轟かせていた。
「竜王直属部隊をヤムール王国に派遣だと? 度し難い意見だな」
「なんだまだグラズヘイム皇帝はあの件を根に持っているのか?」
竜王マドルクとグラズヘイム皇帝との間に緊張が走る。
過去竜王マドルクがお忍びで、直属部隊と一緒にグラズヘイム帝国を訪れた際。
直属部隊は帝国兵士と揉めて、帝国の領土を一つ、文字通り灰燼に帰していた。
「グラズヘイム皇帝。ヤムール国王が受け入れ判断をしているのです。他国の決定については他国が責任を負うのでそこは、尊重すべきではないでしょうか?」
「……たしかにな。度し難いが致し方あるまい」
少年教皇セトの助言を皇帝グラズヘイムはあっさりと受け入れる。
実際、竜王直属部隊を受け入れるかどうかは、ヤムール国王も随分と悩んだものだった。
国王に迫られる意思決定にはすべてトレードオフの関係がある。
竜王直属部隊のリスクとメリットを天秤にかけての判断であった。
ヤムール国王は来賓席を見回す。
「それでは竜王の直属部隊にジーンの監視をしてもらって、その監視状況は我が国が各国に責任をもって報告する。今、ジーンの正体として魔族、または、天界からの派遣者という可能性もあるわけだが。たとえばジーンが魔族であった場合は各国にさらなる支援をお願いするかもしれないので、その時はよろしくお願いしたい。後、天界への探りは……」
ヤムール国王から教皇セトへと話が引き継がれる。
「はい、それは我が教会が責任をもって行いますよ。過去数百年の間、天界からの派遣者はいなかった訳ですから、もしそうであるなら大事です。地上のどの国家も天界に抗うことはできませんからね」
「抗うことはできるぞ。だが誰も敵うことはできん。度し難いことよ」
「………………」
来賓室に少しの間、静寂の時間が流れる。
「それでは本日の取り決めについてどの国も異論はないな?…………では会議はここで終了とする。我が国への遠路はるばるの来訪感謝する。以上!」
ヤムール国王がした閉会の挨拶の後、各国の王たちは一斉に席をたって来賓室を後にしていく。
こうしてジーンは自ら預かり知らぬところで魔族または天界人の認定を受け、世界各国からの監視対象とされたのであった。