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第10話 想い人

「はあはあ、」


 スペリオンたちが襲いかかってくる森を抜けると、目の前には岩場が多く、緑がほぼないコースへと変わる。

 森と違って足場が悪い為、気をつけて走らないといけない。


 ジーンがランニングをはじめて4か月ほど。

 最初は5分と続けて走っていられなかったが、現在はゆっくりとしたペースなら30分程度なら走り続けられるようになっている。

 成長は遅いけれど、異世界ではこんなものかもしれないので、気長にやっていこうと思っている。

 もう少し走る距離を伸ばして、その次にタイムを意識していこうかなと現状は考えていた。


 岩場を少し走ると、その先には紫色の沼が広がる湿地帯となっていた。

 ここを折り返し地点とするにはちょっと距離が足りない。

 できればこの先も進みたかった。

 岩場は部分的につながっており、とりあえず見える範囲は走り進められそうだった。

 ジーンは岩場を慎重に走り進んでいく。


 するとジーンはすぐに気分が悪くなってくる。

 なんだろうと思う。

 最初に疑ったのは、エネルギー不足で陥るハンガーノックだ。

 だがハンガーノックの場合は力のでない感覚があるはずだけれど、今その感覚はない。

 気分も気持ちも悪い感じで、どちらかと言えばに過度な運動した時、とくに夏場に吐きそうになるような身体の状態に似ていた。

 それになにか変な臭いがする。

 鼻を刺すような刺激臭だ。


 エネルギー不足だったら意味はないかもしれないけれど、治癒魔法をかけてみる。

 すると気分や気持ちの悪さが改善した。

 だがそのまま走っているとすぐにまた気持ちが悪くなる。

 走っていられないような気持ち悪さだ。

 治癒魔法をかけ続けてみる。

 すると平常通りの状態を維持できた。


 このままならもう少し走り続けることはできるかもしれない。だけど――

 懸念していた通り、魔力の枯渇してきた感覚が訪れる。


 この感覚は説明が難しい。空腹とはもちろん違う。

 自分の奥底の確実にあったものが、無くなっているのがわかる。

 というたぶん陥ってみなければ想像するのが難しいような感覚だ。


 このまま走り続けて魔力が枯渇したら、最悪、途中で気分が悪くなりすぎて倒れてしまうことも考えられる。

 ジーンは冷静に判断して、そこで踵を返して、宿へ戻ることにした。



 ◇

 

 マリーナは食堂で紅茶を飲みながら休憩をとっている。

 食堂では今、一組の青年たちだけが食事をとっている。

 宿の泊まりのお客ではなく、食事を取るための食堂のお客である。

 体に身に着けた鎧と傍らに立て掛けた剣から、彼らは衛兵であると思われた。

 何度か食堂を利用してくれており、顔なじみのお客さんである。


「だからよー」


 紅茶を飲んでいる彼女の耳には衛兵たちの会話が自然と入ってくる。


「王都の騎士入団試験、入団希望者全員逃げ出したらしいぜ?」

「まじかよ。そんなに試験厳しいのか?」

「いや、なんでも試験にランニングが今年から取り入れられたらしいんだよ。なんか根性を見るとかの理由でさ」

「ランニング? どれくらい走るんだ?」

「王都から近くの港町ホイールまで行って帰るっていう行程だったらしいぜ」

「結構距離あるじゃん! 歩いても片道で1時間くらいはかかるから……」

「走ったら往復で1時間くらいだな。そんな拷問好んで受けるわけねえじゃん。ただでさえランニングって苦痛を覚えるだけでなんのメリットもない行為なのにさ。王都の騎士団を受ける奴らはそれなりの実力を有してるだろ。そのランニングを走らされるっていう扱いが、まるで奴隷に対する扱いのようにも感じたみたいでさ」

「ブチ切れて試験ボイコットしたのか?」

「ああ、その通りだ。騎士としての誇りを傷つけられたってな」

「まあ、気持ちはわかるな。拷問だもんな、ランニングなんて。騎士としての実力をそれでは一切測れないしな」


 そんなランニングにジーンは今、自ら進んで勤しんでいる。

 マリーナは、ランニングというただしんどいだけの行為を、好んで行うというのは聞いたことがなかった。


 ジーンは変わっているのだろうか?

 まあ、変わっているのは間違いないだろう。

 でもしんどいだけのランニングをなぜジーンは行っているのだろうか?


 もしかしたら――世の中には苦しいことが嬉しいという人が一定数いると聞いたことがあった。

 ジーンはその手のタイプの人なのかもしれない。

 そこで頭に浮かんできた妄想にマリーナは自分で顔を赤くする

 

 ちょっと勇気はいるけど、また機会を見てジーンに聞いてみようと思う。

 ジーンが走り続ける理由を。


 ジーンはそろそろランニングから帰ってくるだろうか。

 食堂の外の木々から、突風が吹いて落ちる落ち葉を眺めながら、彼女はそうやってまたジーンのことを考えていた。


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