第9話 要注意人物
「失礼します! マスター、郊外の北の平原で戦闘があったようです!」
冒険者ギルドのギルドマスターのルドルフは確認していた書類から、部屋に飛び込んできたギルド職員へと視線を移動する。
「相手は?」
「はい、冒険者B級のダリウスにC級のゲイルと『金剛手』の道場主のカイサルです」
「ダリウスにカイサル…………。そうか、やはりぶつかったか……」
カイサルが道場をこの町、ナーストレンドで開いてから2年程度が経過している。
冒険者にもカイサルの道場生が増えてきていて、ギルドにもその勢力と影響力が徐々に増えてきている時であった。
一方のダリウスはナーストレンド最強の冒険者で舎弟のような子飼いも多く、現状、冒険者ギルドで一番の影響力をもっているのが彼だ。
ダリウス陣営の冒険者がカイサル陣営を好ましく思っていないというのはルドルフの耳にも入ってきていた。
「どちらが勝ったんだ?」
「はい、それですけど……」
ギルド員は表情を曇らせて言いよどむ。
その様子を見て、ルドルフはカイサルが勝ったのだと予測する。
ダリウスは人望があるわけではない。
というかどちらかと言えば素行など評判は悪い男だ。
だがそのような男でも冒険者である。
冒険者ギルドの職員であれば冒険者サイドに勝ってもらいたいと思うのが人情であろう。
「それですけど、第三者がいまして」
「第三者? 名前は」
ルドルフは予想が外れて少し驚いたが、冷静さを保って尋ねる。
「ジーンという方です。その方が勝ったようです」
「ジーン? 聞かない名だな。誰だそいつは?」
「何やら商人の会計士をしているそうです」
「会計士だと? 我がギルドへの登録は?」
「しておりません」
「なら『金剛手』の道場生か?」
「いえ、『金剛手』の関係者でもないようです」
「なんだと?」
ルドルフは鋭い視線をギルド員に向ける。
ギルド員は困った顔をしている。
その顔を見てルドルフはギルド員から視線を外す。
彼を追求した所でしょうがない。
「……それで一体何者なんだ、そのジーンという人物は?」
「わかりません。最近ナーストレンドにやってきたようですけれど……。後、その場にもう一人、女性がいまして……」
「まだいるのか」
「はい、その女性は当事者というよりは被害者です。聞いた所によりますとカイサルに攫われて、北部の平原で襲われそうになったところでダリウスたちが現れたと。そのダリウスたちも女性を助ける為に現れたというよりは、カイサルを潰すために現れた感じのようです。そしてカイサルとダリウスたちが戦闘になり…………」
ギルド員は突然、口をつぐむ。
「どうした?」
「…………これはにわかに信じがたい話しなのですが、女性がいうにカイサルは自らの手、素手の手刀で、ダリウスとゲイルが持つ剣を切り刻んだと……」
「……素手の手刀でか?」
「はい、そうらしいです。そうしてカイサルは敵の武器を無効化すると、敵の体を軽く掴むだけでぐちゃぐちゃにして人体を破壊していったそうです」
「………………」
ルドルフは考える。
剣を切断するほどの身体強化。
そんなものは聞いたことがない。
しかし――カイサルがもしもそんなユニークスキルを保持しているのであれば、そういったことができる可能性はおおいにある。
「であればカイサルはダリウスたちと比べても相当な強者であったと。冒険者のランクで言えば少なくともAランク以上だろう。そのカイサルを件のジーンという男はどうやって倒したんだ?」
「これもにわかには信じがたい話しなのですけれど…………」
ギルド員は少し躊躇する。
「いい、遠慮せずに話せ」
「はい、そのジーンという人物はカイサルの手刀による攻撃を、素手で意に介さない様子で防いだようです」
「鉄をも切り刻んだ手刀をか?」
「はい、その通りです」
ルドルフはそこでもしかしたら、鉄などの硬度の高いものが限定的にやわらかくなる能力なのかも、と一つの仮設を立てる。
だからこそ生身には効かなかったと。
そうでなければその現象の説明がつかない。
鉄をも切断するほどの手刀を同じように素手で防御できる会計士がいる?
現実的ではない考えだ。
「カイサルとジーンとの攻防ですけど、B級ダリウスですら目視で追うのが難しかったと……」
「ダリウスがたしかにそういったのだな」
「はい、私が聞き取りましたから間違いありません」
であれば手刀のことは置いておいてもジーンというのは相当な使い手だ。
冒険者ランクで言えば少なくともA級。
そのA級相当のカイサルを倒したとなればもしかしたら……。
「そのジーンという男。ギルドの要注意人物一覧に入れておけ」
「かしこまりました」
要注意人物一覧にリストするかの判断は、その人物に善性があるか悪性があるかの判断ではない。
単純な武力をもって町を危険に陥れる可能性がある人物が、リストされている門外不出のリストだ。
そこにはカイサルやダリウスもリストアップされていた。
「報告は以上となります」
「ご苦労。引き続きよろしく頼む」
ギルド職員は一礼の後、部屋を後にする。
ルドルフは椅子を外の景色が見える窓の方へと向ける。
「おもしろいやつがやってきたものだ……」
彼は誰にも聞かれることもなく一人呟く。
A級以上の冒険者以外の強者など、ギルド運営をしていく上では通常はリスクでしかない。
だが元々は生粋の冒険者である彼に湧きあがるのは、不安や恐怖といった感情ではなく、強者に対する憧憬や畏敬という感情であった。