0.お姫様とあたし 2025/8/20
「お疲れ様でーす!」
元気よく声を上げてあたしはお店に入る。「お疲れマイちゃん!」と店長が笑った。
お客さんへの挨拶もそこそこにバックヤードに入る。上着を脱いでお店のエプロンを腰に巻けばほら、居酒屋店員に早変わり。バイトも三年目となると慣れたものだ。
照明の抑えられた店内に出る。ちょうどお店の引き戸がガラガラと音を立てた。
わ!
あたしは入り口に向かって一歩、二歩、三歩と飛び跳ねていき、「いらっしゃいませ!」と満面の笑みでお客様をお迎え。身長はあたしと同じくらいかな──でもスタイルはあたしの完敗。いつも素敵なお洋服でバッチリ決めていて、あたしは心の中で『お姫様』と呼んでいた。
ああ、今日も可愛いなあ!
笑みがこぼれる。変に思われないようにすぐ表情を整えた。
「こんばんは」
いつも通りの無表情で控えめな会釈をするお姫様。実は彼女が笑ったところを一度も見たことがない……クール姫女子、素敵です!
「お久しぶりです! 本日も二名様でしょうか?」
っと、あたしとしたことが先走っちゃった。
でも、そうなのだ、お姫様にはどうやら心に決めた彼氏さんがいるようなのだ。お姫様の彼氏さん……なんて羨ましい! ときどき二人でやってきては、お酒とお蕎麦を楽しんで帰っていく。ちょっぴり変なところもあるけれど、『お姫様のことが大好きだー』ってひしひしと伝わってくる素敵な彼氏さん。
「ええ」
相変わらず無表情だけど、ちょっと嬉しそうな声色になった(気がする!)お姫様! 後ろを振りかえって……あれ? いつもの彼がいない?
「あら……ごめんなさいね」
「いえいえ」
あたしに一声断ると、お姫様は暖簾の向こうに顔をやって、外でモタモタしている彼氏さんに声をかける。こらこら、お姫様を待たせるんじゃないぞ。
「岸君、岸君。もうお店入るわよ。岸君」
おっとこれは新発見。彼氏さんの名前は岸君というのか。
あたしもお姫様に続くように暖簾から顔を出した──