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セレスティアル=ベール  作者: 沢渡 夜深
3/4

序章:私が『彼女』になった日 3



対戦よろしくお願いします。





 楽しそうな賑わいが響いている。

 露店で声を張り上げている男の声に導かれるように女性達が近寄り、その品物に言葉を熱くしている。子供達はこの人混みでありながらも元気に走り回っており、笑顔が無くなることはない。カフェではドレスに身を包んだ貴婦人らしき人達が優雅に腰を落ち着かせている。

 まるで商店街のような光景に、私は目が離せなかった。

 無我夢中に走っていた私は、気がつけば外に出ており、街の中に踏み入っていた。屋敷のような煌びやかな世界とはまた別の意味で輝いている世界に。

 キョロキョロと辺りを見渡しながら歩き出す。果物や野菜、ちょっとした小物を売っている露店が何店か連なり、そこでは商人が目玉商品を掲げながら宣伝を行っている。果物や野菜は私がいた世界でもよく見るトマトや苺等であり、この世界でも食べ物は変わらないんだ、と変なところでこの世界の食事事情を知った。もしかしたら、私が今まで食べていたものも普通に私が知っている料理だったのかもしれない。正直この一ヶ月は現実を受け止めることに必死で、周りを気にする余裕がなかったのだ。

 

「ねぇお姉ちゃん」

 

 カフェテラスで談笑する貴族達を見つめていると、不意に足元から声がかかる。声の方に顔を向けると、二人の少年と一人の少女が、私の事を不思議そうに見つめながら見上げていた。

 

「お姉ちゃん、なんで裸足なの?」

 

「痛そ〜」

 

「それってパジャマ?まだ寝る時間じゃないよ?」

 

 子供達は素直に私にそう疑問をぶつけてくる。

 今の私の格好はネグリジェに裸足と、外周するにはそぐわない格好だ。子供達が疑問に持つのも無理もない。私とすれ違う大人達も、私をチラチラと気にしている様子だし。相当変な格好をしているのは自覚している。理由はあるにはあるのだが、子供達にどう説明すればいいのだろう。


「お姉ちゃん大丈夫〜?」

 

 どう説明するのか言い淀んでいると、少女が私のネグリジェを掴んできた。その目は心配の眼差しで、純粋に私の身を案じているのが伝わってくる。

 ──フォルテさん以来だな。私を心配してくれるの。

 屋敷にいる時は私を心配してくれるのなんてフォルテさんしかいなかったから、少し心が軽くなる。子供だからまだ物事に分別がつけられない事もあるが、今は子供の素直さに甘えるとしよう。

 

「……うん、大丈夫。ありがとう、心配してくれて」

 

「ほんとー?」

 

 少女の頭を撫でながら心配かけまいと言葉をかけるが、それでも少女は私を心配そうに見つめたままだ。なんと純粋な子なのだろうか。

 

「姉ちゃんが大丈夫なら大丈夫なんじゃね?」

 

「えー?でもお姉ちゃん、顔が青いよー?」

 

「でも姉ちゃん大丈夫だって言ってんぞ?」

 

「ケンくんの言うこと信じられなーい」

 

「ンだと!?」

 

「ケンもアメも喧嘩はやめろよ〜!」

 

 何か喧嘩が始まってしまった。

 私の言葉を素直に受け取った少年ケンくん少女アメちゃんが言い返し、それにケンくんが乗ってしまった為、二人の言い争いが勃発する。それを涙目で必死に止めようとしている少年Bだが、二人は全く彼に反応しない。

 喧嘩する程仲が良いというし、今回の喧嘩の内容は私を心配し過ぎての事で始まった。少し複雑だけど、嬉しい気持ちにはなる。

 そうして彼らの微笑ましい喧嘩を見つめていた時だった。

 

「こら!ケンジ、アメリア!喧嘩はダメでしょ!」

 

 突如、二人の間に割って入ってくる人がいた。その人は人混みを掻き分けて、喧嘩する二人の間に入り、ヒートアップしている二人の頭に拳をコンッとぶつける。

 

「いっ!」

 

「いたーい!」

 

 拳をぶつけられたケンくんとアメちゃんは頭を抑えて、拳をぶつけてきた人に非難の目を向けた。

 

「痛いよアリ姉!なんで殴ったの!」

 

「喧嘩してたからに決まってるでしょ!」

 

「でも殴る事ないじゃーん!」

 

「喧嘩してる二人が悪いんでしょ!それもこんな綺麗な人の前で喧嘩だなんて、この人も迷惑してるわよ!」

 

「うぅ……ごめんなさい……」

 

 怒られた二人はしょんぼりと落ち込み、謝罪を口にする。それに満足したその人は、改めてと私の方に体を向けて、私と視線を合わせた。──その顔立ちを見た時、私はその時だけ息をすることを忘れてしまった。

 濡れ羽色の長髪を緩く花の髪飾りで結い、背中に流している。整った可愛らしい顔立ちはまるで小動物を思わせるようで、紅の瞳は宝石のように美しい。

 至って質素な白ワンピースが、彼女が着るだけでまるで天女が降りてきたと勘違いしてしまう程に綺麗で、世の男性の殆どは彼女の美貌に見惚れることだろう。

 

「ごめんなさい、妹達がご迷惑を……」

 

 彼女が私の目を見て、申し訳なさそうに言う。その顔を上げる動作をした時に、一瞬だけ瞳の色が紅から翡翠色に変わった時、私は確信した。

 ──()()()()()()()()()()()、と。

 

「……いえ、こちらこそご迷惑をお掛けしました」

 

 動揺を隠して何とか声を振り絞って彼女に答えると、彼女は大袈裟に「そんな!」と私に返した。

 

「全然迷惑だなんて!……あの、顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

 

 彼女は私の顔を覗き込んで心配そうに言ってくる。その顔が──妹とよく似ていて、涙が出そうだった。

 そのせいだろうか。つい力が抜けてしまったのは。

 ガクン、と一気に体の力が抜ける。視界も一瞬で真っ暗になり、硬い石畳の道に体をぶつける。全身がズキズキと痛む中、私の耳に残るのは、私の事を呼び続ける主人公・・・の声だった。

 

 ***

 

『どうして君は、立ち上がれるんだ』

 

 液晶画面に映る二人の男女。

 崩壊した街。立ち上る黒煙と火柱。血だらけで倒れ伏す民衆達と騎士達の中心で、青年は剣を杖にしながら、前を歩く少女に問うていた。

 

『もう、希望なんて残されていない。このまま俺達は終わる運命なのに……何故、君はまだ立ち上がれる?前を歩ける?……教えてくれ、──』

 

『──だってまだ、泣いている人がいるから』

 

 青年の縋るような問いかけに、彼女は振り向かずに答えた。

 

『まだ皆が笑顔になっていない。まだ、皆が安心出来ていない。皆まだ怯えている、怖がっている。なら、その恐怖を取り除いて、皆に笑顔を取り戻させるのが、私の、聖女としての使命だから』

 

『……聖女としての使命なんて、捨てればいいんだ。君は元々は平民の女性だったんだ。そんな重荷を背負う必要なんて、何処にもないんだぞ……』

 

 言外に逃げてもいい、と言う青年に、彼女はははっ、と笑った。

 

『確かに聖女として動いているのは間違っていません。でも、それ以上に、私が、私自身が、皆を助けたいと思っているのです。皆の笑顔を取り戻して、この世界を明るい未来に導きたい。私自身がそう思っているから、私は立ち上がれる』

 

『……君は強い人だ。皇子である俺が、情けない』

 

『……強くなんてないですよ。本当に強い人なら、既にあの人を救っています』

 

 皇子の賞賛に、彼女は自嘲した。

 その自嘲に悲しげな表情を浮かべた青年。だがつぎの瞬間真剣な顔つきになり、今度こそ剣を杖に立ち上がる。足がふらついてまた倒れそうになるが踏ん張り、彼女の横に並び立つ。

 

『もう立っていられるのは、俺達二人だけだ』

 

『──はい』

 

『二人で、彼女を救おう』

 

『──はい』

 

 強く頷く彼女は、青年と共に走り出す。

 最後の力を振り絞って、重い剣を振り上げて、立ち塞がる悪兵達を切り捨てながら突き進む。

 助けを求める民衆達の視線。苦しげに顔を歪める共の視線を浴びながら、二人は瓦解した建物や地割れた地面を飛び越えて、巨悪の存在となってしまった彼女に向かって、雄叫びを上げながら剣を振り翳す。

 

 閃光が走り、辺りは真っ白に包まれる。爆風と轟音が響き渡り、ボロボロだった街はさらに破壊される。

 身を守り、悲鳴を上げながら逃げる民衆達が最後に見たのは、彼女の胸に剣を突き刺す少女の姿だった。

 

 ***

 

「あ、目が覚めましたか?」

 

 勢いよく起き上がると、傍にいたのか、妹に似ている彼女がそう聞いてきた。

 荒い息を吐きながら私が「……ここは」と聞くと、彼女は微笑みながら「私の家です」と答える。

 木目が基調とするログハウスのような内装には、落ち着いて、それでいて可愛らしい家具が置かれている。その一つのベッドに私は寝かされていたらしい。

 

「急に倒れられたので、取り敢えず私の家に運びました。ご気分はいかがですか?お医者様が言うには過労によるストレスだと診断されましたが……」

 

 過労によるストレス。思い当たる節が多すぎる。限界だったのだろう、私の心も体も。

 死んだと思ったら突然全く別の世界で目が覚めて、しかもこれが夢ではなく現実であるということを突きつけられてと、頭の中では処理出来ない出来ごとが続いてきたのだ。そりゃあ、体も限界になるか。

 

「……すみません、ありがとうございます。えっ、と……」

 

 お礼を言おうと顔を上げたが、彼女の名前が思い出せない。……いや、そもそも彼女の名前を聞いていなかった。何故聞いたつもりでいたのだろうか。

 

「……あ!そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね!私の名前はアリシア=ローデリウスと言います」

 

 私の反応を察したのか、彼女は──アリシアさんは先に名前を教えてくれた。

 アリシア=ローデリウス。……何処か聞いたことがあるのは気の所為だろうか。

 何故か彼女に対しては強く既視感を抱いているし、名前を聞いてそれは一層強まった。もしかしたら『私』と彼女は会っているのかもしれない。それも『私』の一方的だ。もしお互いに対面していたのなら、アリシアさんも何らかのリアクションを取るだろう。

 謎だ。ぐむ、と額を抑えて唸ると、ふとアリシアさんの視線が強くなっていくのに気づく。視線を辿れば、アリシアさんが期待の目で私を見つめていた。何かを待っているような……と、ここまで気づいて私はハッとする。

 そういえば、名前を名乗っていなかったな、と。

 

「あ……私の名前、は──」

 

 言いかけて、私は気づく。

 ──そういえば私、この世界の『私』の名前を知らない。

 それは、この世界に来てから一度も家族に名前を呼ばれていないということになる。

 そうだ。思い返してみれば、私はいつも「お嬢様」やら「お前」やら「愚妹」やらと言われていた気がする。親にもあの兄にも一度も名前を呼ばれていないとは、これは単に『私』が嫌われているのか、それとも私が嫌われているのか。後者なら納得するから後者であってほしい。

 

「……どう、しましたか?」

 

「っえ」

 

 アリシアさんが心配そうに顔を覗きこんでくる。

 どうしよう。名前を知らないっておかしいことだよね。恐らく私が貴族だということはアリシアさんも薄々察してはいるだろう。そんな人がまさか名前がわからないなんて言ってみろ。アリシアさんも困るに決まっている。

 ええい、ままよと、私は意を決してついさっき思い浮かんだ名前をアリシアさんに伝えた。

 

「あ、アヤノ!アヤノです!」

 

「アヤノ様……!素敵なお名前ですね!」

 

「あ、はは……」

 

 たったの数秒で考えた名前だが、褒められるのも悪くない。

 愛想笑いでとりあえず返したが、どうやらアリシアさんは疑問にも思っていないそうだ。暫くはこの偽名で乗り切れるだろう。

 

「あ、アヤノ様。お腹は空いていませんか?丁度今野菜のスープが余っていますが……」

 

「……そう、ですね。頂いてもいいですか?」

 

「はい!勿論です!」

 

 いくら消耗し切っているとはいえ、やはり空腹には勝てない。アリシアさんの厚意を有難く受け取ると、アリシアさんは笑顔でパタパタと部屋の奥へ走っていった。

 足音が聞こえなくなるまで聞き届けた私は、直ぐに先程見た『夢』について考える。

 夢には崩壊したとある街と、二人の男女が登場していた。銀髪に蒼色の瞳を持つ、瞬く銀の剣を持っていた美男と、艶やかな黒髪を一つにまとめ、巫女装束のようなドレスを着こなしていた美女。二人は深刻な顔つきで話し込んでおり、そして最終的には、黒い無数の手に包まれているとある金髪の少女の心臓を、剣で突き刺していた。そこで夢は終わり、私は目覚めたのだ。

 夢の内容を思い出した私は、とある事実に顔を歪ませる。それが何かと言うと、夢に登場した黒髪の美女は──アリシアさんだったのだ。少し大人びた感じであったが、あれはアリシアさんで間違いない。恐らくあれは成長したアリシアさんの姿なのだろう。

 何故、成長したアリシアさんが私の夢に出たのだろうか。もしかして、アリシアさんに常に既視感を抱いていることにも何か関係があるのだろうか。

 

「……聖女って言ってたよね」

 

 夢に出てきた美男は、アリシアさんに向けて「聖女」と口にしていた。

 特別な意味、又は役職であることは間違いない。どんな意味なのかは推測でしか立てられないが。

 その「聖女」がアリシアさんとは。……あの夢は、予知夢みたいなものなのだろうか。ここは剣と魔法の世界、私が成り代わってしまった『私』が、実は予知夢の能力を持っていたとしても不思議ではない。

 

(……私って、この子についてなんにも知らないんだなぁ)

 

 そこまで考えて、私の気が落ちる。

 私は『私』について何も知らない。『私』の名前も、『私』の趣味も、『私』の性格も、何も。知る気にもならなかった。言い訳がましいが、『私』のことなんて手が回らなかったのだ。ここ一ヶ月は自分のことで頭がいっぱいで、最近になって漸く周りに対して余裕が産まれてきたところである。

 屋敷に帰ったら、『私』について一度調べることも良いかもしれない。私は『私』をある程度知らなくてはならないのだと思ったから。

 

「お待たせしました、アヤノ様!」

 

 考え込んでいたら随分と時間が経っていたらしく、気づけばアリシアさんが湯気のたった野菜スープを手に戻ってきていた。

 目の前に差し出された野菜スープは色とりどりの一口サイズの野菜がゴロゴロ転がっている。栄養に良さそうだな。

 

「ちょっとニンジンが硬いかもしれないですけど……味は保証します!」

 

 言われて直ぐにニンジンを食す。確かに少しゴロゴロしてるが、味が染み込んでいるので問題ない。美味しい。

 何か、胸の内がポカポカしてくる。そういえば、こうやって穏やかに食事をするのって久しぶりかもしれない。いつも食事は死なない為に機械的に、味わうことなく腹に詰めていたから、こうやってゆっくりと味わって食べるのは久しぶりだ。

 

「……ぁ、れ」

 

 食べ進めていると、頬に何かが伝い、それはシーツに吸い込まれていった。さらにポタポタと断続的に落ちていき、嗚咽も出てくる。手の甲で目元を拭えば少し湿っていて、嗚呼、私は泣いているんだなと気づいた。

 

「アヤノ様……」

 

 そんな私を見たアリシアさんは、驚くことなく、私を抱き締めてくれた。

 私が泣き止むまでずっと。スープが冷めてもずっと。

 私は静かに、アリシアさんの胸の中で涙を流し続けた。



また次回もよろしくお願いします。



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