魔術好きの才能なし引きこもり王女は、魔術大国の皇子と結婚することになりました。
この王国には無能な王女がいる。
彼女は幼き頃から魔術の本を読み続け、魔術に関しての知識は国内一とさえ言われていた。
けれど八歳の魔力量を測る検査で、ある事実が発覚してしまった。
それが魔力なし。
王族である王女が魔力がないのは大問題。
この国は魔術大国に次ぐ実力を持つ魔術のディール王国。
そんな国、ディール王国の王女が魔力を持っていないというのは国としては問題なのである。
ディール王国は魔力量が多ければ多いほど優れていると考えられていて、その王国の代表とも言える王族の一人が魔力なしなんて知られたら国が揺るぐような問題だった。
なので無能な王女は王宮の端にある離宮へと移動させられ、監禁と言ってもいいような状態である。
表上の理由としては病気を発症されたので離宮で治療している。
けれど一向に良くなる気配が見えないため表舞台には現れない。
では何故彼女が無能と呼ばれているのか。
それはその事実を知るごく一部の人達から呼ばれており、その人達の中には彼女の両親や兄弟も含まれている。
その無能な王女の名はシラリア・ディール。
「アリスお姉様、もう一回! もう一回魔術見せて!」
彼女、シラリア・ディールとはわたしのことです。
わたしが魔術を見せて欲しいと頼んでいる相手は、わたしのお姉様アリス・ディール。
光魔術を得意としていて、この国でアリスお姉様の右に出る光魔術師はいないと言われるほどの実力者です。
そんなアリスお姉様が何故わざわざ王宮から離れた離宮へと来ているかというと、わたしのことが心配で来てくれているんです。
わたしに優しくしてくれる唯一の家族。
家族のみんなはわたしのことを邪険に扱うけれど、アリスお姉様だけは別。
第一王女なだけあってお忙しく、ここに来てくれるのは週に一回決まった日に、毎回魔術を見せてくれる。
「分かったわ。でもこれが最後ですからね」
「うん!」
アリスお姉様はわたしには聞き取れない魔術詠唱で、流れ星が流れる星空が見える魔術を見せてくれた。
その魔術はとても綺麗で、いつも寂しく夜空を見ている時とは全く違う星空。
やっぱりアリスお姉様の魔術は綺麗。
でも同時に優しくもある。
心が暖かくなって、優しい気持ちになれる。
それにいつもの抱えている寂しさが無くなってしまう。
「綺麗……」
そして一分程したらその魔術の効果が切れ、星空は消えてしまった。
魔術で作った星空なのだから消えるのは当たり前なんだけれど、それでもアリスお姉様が作った星空が消えるのは悲しい。
「シラリア、貴女、魔術を使えないのに、見るのが辛くないの?」
「辛くないよ。だってアリスお姉様の魔術が見れるから!」
「そう……」
わたしがアリスお姉様の質問に答えると、何故か寂しそうな声で返事をされた。
なんでだろうとわたしは思ったけどお仕事が忙しいから疲れているのだろうと、勝手に納得して深くは追求しなかった。
「じゃあ、さようなら」
「またね!」
アリスお姉様は少し寂しそうな顔をしながら、離宮から出て行った。
わたしはアリスお姉様の最後の言葉に違和感を覚えず、そのまま大きく手を振って見送った。
けれどこれがアリスお姉様と最後に交わした言葉になるとは思わなかった。
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「今日は遅いなぁ。アリスお姉様、まだかなぁ?」
コンコン。
そうノックした音が聞こえて、ドアを開け外に出てみる。
もう人の姿はなく、地面に直接一通の手紙と一冊の本が置いてあった。
「手紙? それに本?」
わたしは一度も手紙なんてものを貰ったことがない。
それは当たり前だと思う。
わたしに好き好んで手紙を送ってくる人などいないから。
送ってくれる人といえばアリスお姉様くらいだけど、アリスお姉様は必ず離宮に来てくれる。
だから手紙の送り主が誰なのか分からなかった。
「開けてみよっ」
わたしは自室へと戻り、早速手紙を読んでみる。
『シラリアへ。
ご機嫌ようと言った方がいいかしら?
今日は会いに行けなくてごめんね』
あっ、アリスお姉様からの手紙だったんだ。
今日は会いに行けないから手紙を書いてくれたんだ。
でもアリスお姉様の字、綺麗だなぁ。
わたしもアリスお姉様みたいに綺麗な字を書けるようになろうかな?
そのためには練習しなくっちゃいけないんだけど。
『直接言いたかったのだけれど、どうしても言い出せなかったことがあるの』
言えないこと?
アリスお姉様、なにかわたしに隠し事でもしていたのかしら?
『私、もうシラリアと会えないの。
ごめんなさい』
……?
どういうこと?
アリスお姉様とも会えない?
えっ、なんで?
悪い冗談だよね?
『前から決まっていたことなのだけれど、あの魔術大国と呼ばれるジリアーリア帝国の公爵家に嫁ぐことになっていたの。
この前言おうと思ったのだけれど、どうしても言い出せなくて。
もう会えないなんて言ったら、シラリア泣いちゃうでしょ。
だからそんな泣いた顔を見たくなくて言い出せなかった……いえ、言わなかったの』
ジリアーリア帝国に嫁いだ?
アリスお姉様が?
でもなんで会えないの?
嫁いでも戻ることくらいできるでしょ?
わたしは頭が混乱していた。
その手紙に綴られていた事実を理解できなかったのか、それとも理解したくなかったのかもしれない。
でもわたしの目からは涙がぽつりぽつりと零れ落ちてくる。
いくら頭で理解したくないと思っても、アリスお姉様が嘘をつくわけがない。
そう信じているから理解してしまった。
だから泣いてしまった。
手紙にわたしの涙が落ちて、少し字が滲んでいた。
『もう泣いちゃってるよね?
シラリアは心優しい子だから、このことを聞いたら泣いちゃうと思う。
今からなんで会えないの説明はしておくわ。
あともう多分だけど手紙も送ることができないと思うの』
会えない、手紙でもやり取りができない。
わたし、どうやって生きていけばいいのかな?
わたしの唯一の拠り所であったアリスお姉様ともう一生会うことができないし、やりとりすらできない。
その事実にわたしはどうしていけばいいのか分からなくなってしまった。
『私の結婚は所謂政略結婚っていうのでの結婚なの。
この王国と帝国は停戦状態で、停戦条約の更新として両国の王女が相手の国に嫁ぐことになったの。
手紙を送ったら帝国の情報を流したと思われるかもしれないから、手紙でのやり取りもできない』
昔、本を読み漁っていたときに読んだことがある。
王国と帝国は百年前くらいに戦争をしていて、王女を互いの国に嫁がせることで停戦条約を結んだ。
その更新が五十年ごと。
お姉様はその停戦条約を延長させるためだけに、敵国とも言える国に嫁がされた。
『最初で最後のプレゼントとして、シラリアが好きだった本を置いておくわ』
その本の表紙を見てみると、魔術の本以外でわたしが見ていた小説。
王子様と王女様の恋物語。
『だからさようなら、シラリア。
また会えることを望んでいるわ。
アリスより』
そこで手紙が終わった。
アリスお姉様の名前のところが滲んでいる。
でもそれはわたしの涙ではなく、アリスお姉様の涙だった。
「アリス、お姉、様……」
わたしは手紙を何度も読み返しながらただひたすらに泣いた。
ずっと泣いていたせいか、もう手紙の文字が読めないほど濡れていた。
八歳の頃に離宮へと閉じ込められ、三年間毎回欠かさず来てくれていたアリスお姉様。
その日から来ることはなかった。
そしてわたしはもう誰とも話をする機会はなく、引きこもる生活を送っていた。
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それから五年の月日が流れた。
わたしは一切外に出ず、自室に引きこもり一歩も出ることはなかった。
ドアを開けるのはお腹が空いた時にドアの外に置いてある料理を食べる時だけ。
それも三日に一度くらいのペース。
部屋は常に真っ暗な状態。
永遠にアリスお姉様からのプレゼントである本を毎日読んでいた。
食事は最低限、寝るのも気絶するように。
そんな生活を永遠かのように毎日毎日同じ日を繰り返しているかのように続けていた。
コンコン。
そうわたしの部屋のドアをノックする音が聞こえた。
だけどわたしは返事もせずに、ドアにも近づこうとしない。
どうせ、料理が届いたっていう知らせ。
時間は分からないけど、わたしのドアがノックされるのはその時だけだ。
「おかしいな? 確かここには王女がいると聞いたんだが。おい! 誰かいるか?」
わたしは男性の声が聞こえたが無視をする。
どうせ気まぐれでここにきた物好きな貴族の令息だろう。
わたしのところに来て話そうとするのはそんな人達だけだ。
「入るぞ? いいのか?」
わたしは部屋に入られようとしても無視をする。
入ると言っても入るような失礼な貴族はいない。
だからわたしは無視を決め込む。
そう思っていたら、ドアから微かな光が差し込んできた。
ドアが開いたのだ。
つまりさっきの声の主である男性が、わたしの部屋のドアを開けた。
「おっ、居るじゃないか。何故返事をしなかった?」
「……」
わたしは直接話しかけられているけれど、無視をする。
無視をしていれば大人しく帰ってくれる。
その男性は綺麗な黒い髪に黒い瞳。とても美しい顔立ちだけれど、目つきはとても鋭い。
人の顔を見たのは何年振りだろう。
最後に見たのは少し寂しそうな顔をして行ってしまったアリスお姉様以来で、同じ人の声を何度も聞くこともアリスお姉様と最後に話して以来。
「何故無視をする。オレは何かおかしなことでも言ったか?」
「……」
その男性はわたしに近づいて、まじまじとわたしの顔を見る。
けれどわたしは顔色ひとつ変えずに、その表情のまま無視をした。
すると男性は顔を見るのをやめ、何故かドアではなく窓に近づいて行った。
「こんな暗い部屋では話せないのか。ならばカーテンを開けるぞ」
そう言って、バッと音が鳴りすぐにカーテンを開けられた。
真昼の太陽のようなとても明るい光ではなく、少し赤みがかった夕日の光が部屋を明るくした。
わたしは明るい日が苦手だ。
わたしの影が濃ゆく映ってしまうから。
太陽の日はただ光を当てているだけで、アリスお姉様のような優しい光ではない。
「あまり明るくならなかったな。仕方ない」
その男性はわたしには聞き取れない言葉を言った。
そうすると丸い球体が現れ、部屋を明るく照らした。
これって、魔術……。
それに光魔術。
魔術を見ている。
とても懐かしい久しぶりの魔術を。
アリスお姉様と同じ光魔術だけれど、アリスお姉様と違って優しい光ではなく、誰かを強く照らす光。
「……」
わたしの目から涙が出てきた。
それも溢れ出すように、とても大粒の、でもどこか温かい嬉し涙なのではないかと思えるような涙が溢れてくる。
涙は散々流してきた。
いつも冷たくて小さな、雨と間違うような涙は散々流してきた。
だけどこの涙は違う。
何故か嬉しく思ってしまい流している涙だ。
「なっ、何故泣いている!? オレが何かしたか!?」
「……い、いえ。ちょっと嬉しくなっちゃって……」
わたしが泣いてしまったことで慌てる男性。
泣きながらくすっと笑ってしまうわたし。
「そ、そうか。なら良かった。それでお前がシラリア・ディールか?」
「はい、そうですけど」
なんでわたしの名前を知っているのだろう。
この国でわたしの名前を覚えている人は少ないと思ったんだけど。
わたしの存在は床に伏せている王女で、表舞台には一生戻ってこない人みたいな印象になっていると思ったんだけどなぁ。
「お前は魔術が使えないんだよな?」
「はい」
わたしは別に魔術が使えないことで悲しんだり悔しいと思ったりしたことは一度もない。
魔術が使えないせいでここに閉じ込められたのは残念だけど、アリスお姉様の魔術が見られたから平気だった。
魔術が使えなかったからこそ、嬉しい思いもできたし悲しい思いもできた。
まあ悲しい思いの方が最近はほとんどだったけど。
「シラリア、オレの妻になってくれ」
「……はい?」
今なんて言った?
妻になってくれって言ったよね?
いいや、聞き間違いだ。
それにわたし、この男性のこと、まだ全く知らないんだけど。
「そもそも、貴方は誰なんですか?」
「ああ、名乗ってなかったな。オレはジルクルード・ジリアーリアだ。こう見えてもジリアーリア帝国第一皇子だ」
「!?」
い、今、なんて言った?
ジリアーリア帝国の第一皇子って言ったよね!?
なんでそんな偉い人がわたしのところに来てるの?
……あっ、これは幻覚かな。
多分まともに寝れてないからついに幻覚を見始めたんだろうな。
わたしは立ち上がり、ベッドへと向かって寝ようとした。
「ちょっと待て! 何故寝ようとする!?」
「えっ、だってこれ、幻覚なんじゃ……」
「幻覚じゃない! 現実だ! オレはお前を妻にするためにここに来たんだ!」
幻覚じゃなくて、現実?
いやいやそれは流石にないでしょ。
そもそも帝国の第一皇子がこんなところ来るわけないし、ましてや妻にするために来たなんていうはずがない。
わたしは念のためと思って、頬を両手で叩いた。
痛っ、もしかしてこれ現実なんじゃ。
待って、幻覚としてなんでわたし帝国の第一皇子の名前知ってるの?
それはおかしくない?
あっ、これ、間違いなく現実だわ。
「失礼しました。長年引きこもっていたので、世間に疎くて」
本当に長年引きこもっていた。
最初の方は閉じ込められていたといってもいいけど、ちょっと皇子の前でそんなことを言えるはずがない。
引きこもり歴八年、か。
だいぶ長い間この部屋にいたんだな。
「そうか。それで本題なんだが、オレの妻になってくれないか? この部屋から出て、帝国に来ることになるが」
帝国に行ける。
ならもしかして、アリスお姉様に会えるんじゃ!
「あっ、あの! アリスお姉様……じゃなくて、アリス・ディール王女がそちらに嫁いできませんでしたか!」
「アリス・ディール……。ああ、宰相の妻か。ああ、嫁いできたぞ。元気にしているし、宰相がとても可愛がっている」
良かったぁ。
アリスお姉様、元気にしてるんだ。
皇子の妻になればもう一度アリスお姉様に会えるんじゃ……。
「それで妻になる件だが……」
「なります! ぜひ! あっ、でも、国王陛下が許してくれるかどうか」
わたしは実父である国王陛下のことを父とは呼ばない。
国王陛下はわたしのことを嫌っているから、父なんて呼ばれるのは嫌がるだろうから。
それにわたしの家族はアリスお姉様だけ。
「ああ、それなら問題ない。オレは一週間後、皇帝になるからな」
「えっ!? そんな人がこんなところにいて大丈夫なんですか?」
一週間後に皇帝になるなんて、絶対ここにいちゃいけない人でしょ。
皇帝になるための準備とかあるはずなのに、なんでこんなところに来ちゃってるわけ?
「ああ、あと五日後までに帰ればいい。それに妻になってくれる人を見つけないと皇帝にはしないって父上に言われているからな」
ああ、そういうことか。
わたしは引きこもりだから妻になって引きこもってもらえば、他の女性といちゃいちゃできるものね。
ただの都合の良い女としてしか見られていない。
「やっぱり辞退します」
「なっ、何故だ!? さっきは乗り気だったじゃないか」
「じゃあ、何故わたしを娶りたいのか教えてください」
この理由が上部だけのものだったら確実に都合が良いから選んだっていうことが分かる。
わたしを娶ってもこんなふうに閉じ込められてしまったら、アリスお姉様と会えない。
それならあまり意味がない。
「シラリアの知識が欲しいんだ!」
「知識?」
予想の斜め上の回答がきた。
どうせ可愛いからとか美人だからとかそういう適当な理由かと思ったけど、まさか知識が欲しいからなんて予想外にもほどがある。
でも知識が欲しいもなんか嫌だなぁとは思うけど。
「何故?」
「オレは魔術が得意なんだが、魔力過多症という病気に罹ってしまったんだ」
「魔力過多症って、まさか」
魔力過多症とは魔術を使用する時の魔力を消費すると、そのすぐに空気中の魔力を過剰に吸収する病気だ。
魔力過多症は治ることがないと言われる不治の病であり、魔力量が多い人ほど発症しやすい。
「シラリアの魔術の知識があれば治せるんじゃないかと思ってな」
わたしの知識で、あの不治の病を治す?
そんなの無理に決まっている。
不治の病は過去の誰にも治せなかったからそう呼ばれているのだから、こんなわたしが治せるとは到底思えない。
「わたしの知識があったとしても無理だと思います。それに……ここに約八年間、人生の半分をこの中で過ごしているんです。だから八年前からわたしの魔術の知識は止まっているんです」
八年間も魔術に関わっていなければわたしの知っている知識は古いことになる。
魔術は日々進歩していて、人によっては一年で魔術の歴史を十年も早めたなんて言われる人もいるくらいだ。
一年でも相当なのに、八年間も魔術に触れていなかったわたしにできることなど一つもない。
「もう一つ理由がある」
「もう一つの、理由?」
なんだろう?
わたしの知識以外に必要とされるものなど全くない。
その知識さえ今は使い物にならないのに、他に何があるというのだろう。
「シラリアが魔力を持っていないことだ」
「嫌味ですか?」
魔力を持っていないからこんなところに閉じ込められたのだから、普通に考えれば嫌味としか思えない。
わたしは魔力なしのことをあまり気にしていないが、他の人なら激怒していることだろう。
「この世界のほとんどの人間は多かれ少なかれ魔力を保持している」
確かに、それは正しい。
魔力量が多い人は一般的に、アリスお姉様くらいかそれ以上の持ち主のことを指す。
でも魔力を持たない人の方が確実に少ない。
魔力とは八歳までに誰もが持ってて当たり前。
その魔力を持たない人間は一ヵ国に一人いるかいないかの存在と言われるほど、ある意味貴重な存在なのだ。
「魔力なしはオレのような魔力過多症を患っている人には必要な存在なのだ」
あっ、そういうことか。
魔力なしの人は魔力を体内に持っていないのに加え、空気中の魔力を体内に入れることができない。
それに無理矢理体内に入れたとしても、体内で勝手に消滅してしまう。
だから一生魔力を保持することが不可能。
つまり魔力過多症の人が魔力なしの人に魔力を渡せば、魔力は魔力なしの人の中で消滅し、魔力過多症の人の症状を抑えることができる。
だからわたしを選んだのだろう。
それに皇帝になる人なのだ。
それなりの身分がある人物でないと娶ることができない。
だから魔力なしの王女は魔力過多症の第一皇子にとってうってつけの存在というわけ。
「理由は分かりました」
「なら……」
「けれど、わたしにメリットがありません」
正直言ってしまえばメリットだらけかもしれない。
アリスお姉様に会えるかもしれないし、こんなところに閉じ込められなくても済むし、昔みたいに魔術に関わることもできる。
でもなんだかわたしの能力などが目当てとしか思えない。
そんな人のもとに嫁ぎたいとは思わない。
「わたしの能力目当ての結婚はしたくありませんから」
「そうかオレはアイツらと同じことをやっていたんだな。皇帝になるような人間に近寄ってくる奴らは、オレの地位や権力目当て。それが嫌だと思っているのに、娶ろうと思っている女性に同じことをしてしまったなんて……。本当に申し訳ない」
この人はそういう人達にうんざりしていたのだろう。
わたしも昔、魔術の知識が国内一と言われていたときは、その知識目当てで近づいて来る人が多かった。
そんな思いをずっとしてきたんだろうな、この人は。
「シラリアみたいにオレのことを第一皇子と知っていて、こんなに自然に接してくれる女性は今まで一人もいなかった」
「そうなんですね」
それはそうだろう。
皇帝陛下になるような人に近づくんだ。
多少なりとも地位や権力が欲しいと思ってしまうはず。
わたしは嫁ぐメリットしてはアリスお姉様に会いたいだけだから、地位や権力には興味がない。
幼少期は魔術にさえ関われればいいと思っていたし、今はここにいるせいで地位や権力の凄さがあまり分からない。
「それに、今からお互いを知っていくっていうのも中々いいんじゃないか?」
そんな考え方もあるのね。
わたしが読んでいる本ではお互いのことを知ってから付き合い結婚するのが普通だったし、それが一般的だと思っている。
けどそんな変則的な恋愛の仕方もいいんじゃないかと思ってしまった。
わたしは引きこもりの魔力なし王女だから存在自体普通じゃない。
順序がおかしい恋愛はわたしにお似合いかもしれない。
「確かに、面白そうですね」
「ならば結婚だ!」
「行くぞ、シラリア!」
そう言って手を握られて、外へと引っ張り出されたわたし。
もう夜になっていて、綺麗な星空が見える。
久しぶりに見た星空は何故か寂しく見えなかった。
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第一皇子のお願いと会って、国王陛下はすんなりとわたしと第一皇子の結婚を認めてくれた。
そして瞬く間に帝都へと行き、第一皇子と結婚をして、第一皇子が皇帝陛下へとなった。
第一皇子は皇帝陛下となり、忙しかった日々が落ち着いてきた頃、わたしに一人の来客が来た。
コンコンとわたしの部屋をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
皇帝陛下の正室となったわたしは、基本的に皇帝陛下の魔力過多症を治すために色々な魔術に関する本を読み、治す方法を探していた。
そんなことをしている日々に、わたしが待ち望んでいた人がわたしのもとに来てくれた。
「お久しぶり、シラリア」
「アリス、お姉様……」
来てくれたのはわたしのことを昔から大切にしてきてくれた人。
そうアリスお姉様だった。
わたしはすぐに立ち上がって、アリスお姉様に抱きついた。
「どうしたの、急に」
「やっと会えた。アリスお姉様に、やっと……」
アリスお姉様との再会に思わず涙が溢れてしまう。
「ごめんなさいね、急にいなくなっちゃって」
「いいの。アリスお姉様に会えただけで、嬉しいの」
「私もよ、シラリア」
アリスお姉様もわたしのことをぎゅーっと抱きしめてくれた。
とても暖かい、アリスお姉様の優しい温もりを感じる。
「落ち着いた?」
「うん」
少ししてやっと泣き止んだわたしは、アリスお姉様と話し始めた。
話によると、婚姻が決まったのはだいぶ前のことだったけど、急に帝国へと嫁ぎに行くことになったそうだ。
それが決まったのが二週間ほど前だったらしい。
わたしに言わなかったのは、わたしの泣いている姿を見たくなかったからだそうだ。
確かにわたしはあの後大泣きしてしまったから、そんな姿は誰だって見たくないだろう。
「アリスお姉様、これからよろしくね」
「分かったわ。また昔みたいに来るわね」
それからというもの、昔と同じように毎週決まった曜日にアリスお姉様と会うようになった。
それ以外は皇帝陛下のために色々と実験する日々を過ごしていた。
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そして一年の月日が流れ、ようやく魔力過多症を治す薬を作ることに成功した。
「皇帝陛下! 完成しましたよ、ついに!」
「本当か!?」
「はい!」
走って皇帝陛下がいる書斎へと向かった、
そしてわたしは作った薬を皇帝陛下に渡す。
皇帝陛下はそれを飲んだ。
「早速、魔術を使ってみよう」
皇帝陛下はやはりわたしには聞き取ることができない声で魔術を使った。
その魔術はとても綺麗な星空だった。
「この星空、気に入ってくれたか?」
「……はいっ!」
皇帝陛下が魔術で作り上げた星空は、とても綺麗で暖かみを感じる星空だった。
「わたし、本物の星空って苦手なんですけど、アリスお姉様や皇帝陛下が見せてくれる星空はとても好きです」
「それは良かった。でもそこはオレのことを一番と言って欲しかったんだがな」
「無理ですよ。まだまだアリスお姉様の星空には及びません」
わたしはそんなことを言ったけれど、実際は皇帝陛下の星空も良いと思った。
アリスお姉様の作る星空はわたしを見つめて守ってくれる星空。
皇帝陛下の作る星空はわたしを照らしてくれる星空だった。
わたしは両方とも好きだと思える、そんな綺麗な星空だ。
「そういえば、調子はどうですか?」
「ああ、なんともない」
「それは良かったです」
皇帝陛下はとても元気そう。
わたしは皇帝陛下のために薬を作って良かったと心の底から思う。
「これからもよろしくな、シラリア」
「こちらこそです、ジルクルード様」
その後、わたしと皇帝陛下は仲良く暮らし、幸せな生活を送っていった。