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店内を満たすスパイスの香り。面積としては決して広いとはいえないが、割と絶え間なく客が入れ替わり立ち替わり回転しているので、儲かってはいるのだろう。
遠藤は銀の皿に盛られた濃厚なルウが特徴的なカレーライスをフォークで掬って口に運ぶ。スパイスの刺激と塩味が疲れた体に染み渡っていく。次いで白米の横にあるキャベツの千切りで口直しをしながら、「……で、結局あいつらは何だったんだ?」と対面に座る葉月を見やった。幸せそうな顔でカレーを頬張っている彼女からは、先刻までの凛とした雰囲気は豆粒ほども感じられなかった。
「その前に自己紹介しましょうよ。私、まだあなたの名前知らないですし」ニコニコ顔で遠藤の質問を脇に追いやる少女。遠藤が顔をしかめたのも気にせずに、「改めて、霞沢葉月と申します。実家は旅館経営。生まれも育ちも金沢です!」といらん情報まで入れてきた。
遠藤が苦い顔のまま黙っていても、葉月の表情は変わらない。ニコニコ笑いながら、ずっと遠藤の目を見ている。
やがて根負けした遠藤が大きく溜息をついて、「……遠藤克巳だ」と自身の名前を口にした。
「遠藤さんはどこから来たんですか? 金沢には観光に?」
「大阪からだよ。来た目的に関しちゃ、そっちが言った通りだ」付け合わせの茹玉子をフォークで刺す。「……つっても、もうここに滞在する気は微塵もねえよ」とくたびれた調子で玉子を食らう。味付けはされていなかった。「こんな化け物だらけな場所、命がいくつあったところで足りやしねえ。泊まる予定だった旅館もキャンセルして帰るつもりだ。チェックインの予定時間も大分過ぎちまったしな」
「……ちなみに泊まる予定だった旅館って何てところですか?」
葉月の顔が少しだけ曇る。まるで何かを察したかのように。
「確か……久穏荘、だったっけな。御影温泉ってとこにある。本当だったら、このままバスに乗って向かうはずだったんだよ」
「そこです!」
「ああ? ……って、おい!?」
突如として目をキラキラと輝かせながら、身を乗り出してくる葉月。「やめろやめろ! 制服汚れんぞ!」と遠藤が注意を促しても、彼女は気にしていないようだった。
「私の実家です! 久穏荘!」
「……マジか」
そういえばと遠藤は思い出す。刈谷が久穏荘の女将について、子供がいるとは思えないくらいに美人だとか何とか言ってた気がする。
——こいつの事だったのか……。
「せっかく来たんですから泊まっていきましょうよ! もったいないですって!」
「余計に嫌だっての! 誰が好き好んで得体の知れない連中がいる旅館なんかに泊まるかよ!」
「私達滅恨士は怪恨を倒す側です。だから危なくないですよ!」
「正義のヒーロー気取ってるところ悪いが、何にも知らねえ俺からすりゃ違いなんて分かんねえっての」
「それなら、これから分かっていってくださいー! 遠藤さんが滞在している間、私が守ってあげますからー!」
言われ、遠藤は露骨に怪訝な顔になった。「……お前が? 冗談は寄せよ。あの殺人鬼に負けそうになってたじゃねえか」
「う……それは……」
「未だに原理は理解できねえが、お前らが化け物に対抗できる力を持ってる事は理解した。だが、それ以外はてんでお粗末だ。明らかに実戦向きじゃない剣術。詰めの甘さ。ダーマーの野郎が一般人盾にしやがった時も、お前の力使えば隙間縫って奴だけ攻撃できたんじゃねえのか?」
いくら現実離れした能力を扱えたとしても、そもそも扱う人間が未熟では話にならない。仮に大阪の裏社会に放り込まれたのなら、葉月のようなタイプは真っ先に淘汰されるだろう。
「もちろん俺はお前以上に弱い。少なくとも、あの怪恨とかいう化け物に対しては。だから逃げるんだよ」
「……弱くなんかないですよ」
「どこがだ? 俺はお前が来なきゃ死んでたぞ」
「そもそも滅恨術なしで、あそこまで怪恨と渡り合える事が凄いんです。もし遠藤さんが微力でも滅恨士としての力を持っていたのなら、間違いなくあの怪恨を滅する事ができていたはずです」
「だが、俺には特別な力がない。もう一度奴らに襲われでもしたら……なんて考えたくもねえ」
「じゃあ!」
ばんっ! とテーブルを叩いて立ち上がる葉月。
周りの客が何事かとこちらを見やったが、子供の仕業だと分かると、すぐに興味を失って食事に戻った。
「遠藤さんが私を鍛えてくださいよ! 術なしでも怪恨と戦える剣術を教えてください! それを身につければ、私は遠藤さんを守れるようになるはずですから!」
「……目的と手段が入れ替わってる事に気づいてるか? 馬鹿中学生」




