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MP7のトリガーを引き続ける。銃床を通して絶え間なく肩に衝撃が走る。
四十沢は息を切らせながらも、確実に下級怪恨を仕留めていく。前方と左右から飛び掛かってきた異形を視認すると、残り少ない弾倉の中身全てを使って正面の怪恨を銃殺。続いて右から襲いくる怪恨の顔面へと左フックを叩き込む。最後の一匹の噛みつきを身を屈めて躱し、間髪入れずにコンバットブーツの底で内臓を破裂させるような蹴りを放つ。鈍い衝撃。突き飛ばされる怪恨。四十沢は腰のホルスターからグロック18を抜き、体勢を立て直そうとしていた二匹にフルオート射撃をお見舞いした。
鼓膜をつんざくような音と共に化け物の皮膚が穴だらけになり、断末魔を上げながら消滅していく。一瞬のインターバルの中で自らの生命線である銃のリロードを済ませ、再び駆け出した。
四十沢のいる卯辰山公園は敷地が広大かつ高低差も激しいために他の観光客と鉢合わせる事は滅多にない。だからこそ人目を気にせず銃火器を扱えるという利点もあるのだが——
——一般人の目を気にせずに俺を襲撃できるという相手側のメリットの方が圧倒的に大きい。
——このままでは足が止まったところを狙われて終わりだ。
四十沢は思考を絶えず回転させながら突破口を開くための算段を巡らせる。
——味方の非正規滅恨士達とはずいぶんと引き離された。
——応援は期待できないな。
伊庭の使役する下級怪恨に底はない。元が掃いて捨てるほどいる脆弱な異形なのだ。弾切れなど勘定に入れず物量に任せて攻め立てるのが伊庭の強み。
それに付き合えば良いように引きずり回されるだけだ。
——伊庭という男が卯辰山公園に入った面子の内、俺だけを隔離したのには何か理由があるはずだ。
——確実に仕留めるためか、単なる足止めなのかは分からないが……いずれにせよ俺が釘づけにされている状況は好ましくない。
——この程度の数を引きつけたところで、他が楽になる事はないのだからな。
MP7の銃撃を散発的に繰り返しながら時には殺し、時には足だけを潰し、四十沢は最短距離で山を下りていく。もはや整備された道を通る余裕もない。木々の生い茂る獣道を体当たりするかのように駆け降りていく。
足場の悪さを感じさせない素早さで下山していく四十沢。しかし突如として彼の体がつんのめった。
「——ッ!?」
転倒しそうになる体を無理矢理押し止め、言う事を聞かなくなった箇所——自身の右足を見やる。コンバットブーツの足首部分に何かが纏わり付いていた。それは人間の五指……と形容するには余りにも悍ましい外観をした異形だった。グズグズに腐って変色し、爪さえも剥がれ落ちた手は、その見た目からは想像もつかないほどの力で四十沢の足を掴んで離さない。
「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、」と言葉にならない声が鼓膜を撫でる。
腐った手から伸びる腕へと視線を滑らせていき、声の出所を捉える。男か女かさえ分からなくなるほどに皮膚が腐り、爛れた、ギリギリ人間の形をしたものが四十沢を見つめていた。とはいえ、この異形に視力があるのかも怪しい。本来、眼球が嵌め込まれているはずの部分は黒い空洞になっていたからだ。
——怪恨か。
四十沢はすぐに襲撃者の正体を結論づけた。このリビングデッドのような見た目の怪恨が伊庭の手駒であろうが、偶然この場に居合わせただけの怪恨であろうが関係ない。
——邪魔者は排除するまでだ。
拘束されていない方の脚を振り上げ、足の甲を全力でリビングデッドの顔面に叩き込む。足首を掴んでいた手の握力が緩んだ瞬間、すぐさま振り払い、リビングデッドが反撃に移る前にMP7を連射。薄暗い林の中を眩ゆいマズルフラッシュが埋め尽くす。下級怪恨を相手にする時と違い、弾の出し惜しみはしない。ワンセットで全ての鉛弾を撃ち込んだ。
その直後、光を切り裂くようにして全身に銃創を刻んだリビングデッドが飛び掛かってくる。四十沢は上体を後ろに逸らし、そのままブリッジの要領で両手を地面につけると、真上を通り過ぎようとしていた怪恨の腹部目掛けて蹴りを放つ。腐った肉が潰れる音と共にリビングデッドの体躯が真上に跳ね上げられた。
弾切れしたPDWを捨て、サブウェポンのグロック18拳銃を抜く。ノータイムで照準し、フルオート射撃に移ろうとしたところで事態が大きく動いた。
彼方から飛来した黒曜石の刃を持つ槍がリビングデッド型怪恨の体を貫いた。腐敗した肉体に突き刺さった槍から紫電が瞬き、次の瞬間に爆ぜた。怪恨が木端微塵に弾け飛び、肉片が地上に降り注ぐ。
——滅恨術……? それにあの槍は……。
「大丈夫か? 四十沢さん」自らの手許に得物を引き戻しながら現れた人影。茶髪のウェーブに黒のキルティングジャケットを羽織った青年、潮野泰牙だ。泰牙は地面に落ちていたMP7を拾い上げ、四十沢に駆け寄る。銃を手渡しながら周囲を見やり、「他の滅恨士は?」と問い掛ける。
「卯辰山公園に踏み込んだ直後に分断された。弾薬に余裕はあるが、あまりの下級怪恨の多さに辟易していたところだ。助かった」
「この辺りは人目につかない場所だからな。下級怪恨も送り込みやすいし、野良の怪恨連中も動きやすい。さっきのゾンビみたいに真昼間から襲い掛かってくる奴もいる」
「大した脅威ではないのが唯一の救いだ」話しながらも手を動かし、MP7のリロードを済ます。
「簡単に言ってくれるな」と泰牙は苦笑した。「滅恨術を使えない身でそんな事が言える人間はまずいないよ」
「君はどうしてここに?」四十沢は疑問を呈する。「見たところ君も部下の滅恨士を連れていないようだが……」
「俺は銃声を聞きつけて一人で抜け出してきただけさ。危険地帯で単独行動できるのは俺だけだ。部下達には引き続き終末の回廊捜索を命令してある」
「このあとはどうする?」
「ちょうど孤立していた四十沢さんとも合流できたしな。このまま部下のところへ向かおう」
「了解した」首肯し、四十沢はMP7のトリガーに指をかけたまま歩き出した。
すでに泰牙が先陣を切る形で動き出していたが、四十沢は歩幅を大きく取りながらずんずんと距離を縮めていく。
次の瞬間——MP7の銃口から一気呵成に破裂音と発火炎が撒き散らされる。数瞬の間に射出された弾丸の全てが目と鼻の先にいた大学生風の青年の背中を食い破らんと迫る。
もはや四十沢の網膜には眩ゆい光以外のものは写らなかった。過程が省略されて乱雑に導き出された式の結果のみが眼前に示される。
「……何の真似だ? 部外者とはいえ返答次第では無事には済まさないぞ……!?」
結論から言って泰牙の肉体は破壊し尽くされてはいなかった。五体満足ではあるが無傷という訳でもない。とっさに展開させたと思わしき防御術式の紫色の結界にはところどころ亀裂が入り、術者本人も肩や頬の辺りに薄い擦過傷がついている。
四十沢は再装填を済ませたMP7を迷いなく突きつけながら、「先ほどの返答で半ば確信を得てしまってな」と言い放った。「悪いが俺と君はここで殺し合わなければならないようだ」
「……そうかい」剣呑な表情に切り替わった泰牙が鋭利な言葉で返す。「もう後戻りはできない。この『善討槍』の錆になってもらおうか!」




