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四十沢が一時離脱し、贅沢な朝食にたかるためだけに着いてきていた紗耶も自身の持ち場へと戻っていった。
街の中心部から少し離れたところにある公園のベンチに腰掛け、遠藤は隣に座る葉月に尋ねる。「残った俺達が終末の回廊の捜索って訳になるが……そもそも奴がどこに隠れてるのかは分かるのか?」
「現時点では何とも」と葉月は正直に言った。「私達が会った日に戦った怪恨……黄昏の骸を覚えていますか?」
「俺達を別世界の金沢駅に閉じ込めやがった奴だろ? さすがに覚えてるよ」
「基本的にはどちらも実体のない怪恨です。なので出現した際に起こる現象についても共通点があります」
言われ、遠藤はここに来た初日に危害を加えてきた怪恨の引き起こした現象を思い出す。
「……空か」
「その通りです。黄昏の骸が裏世界の空の色を変質させたように、終末の回廊も顕現すると同時に世界の一部を現実から捩曲げます。まず、それが実体のない怪恨が出現した合図となります。普通はそこから気配を辿って怪恨が憑依している物や場所を探し当てるんですけど……」
「——伊庭の言い方からして、その怪恨は覚醒しきってはいない」
つまりは葉月達の持っているセオリーが通用しない可能性がある。現に見て分かる範囲では世界に異常は起きていない。だから本当に終末の回廊がいるのかも判断がつかない上、そいつが潜伏している場所を特定するのも難しい。
「…………」遠藤は顎に手を当てて考える。「……なあ、終末の回廊ってのはまともな戦闘力は持ってないって事で良いんだよな?」
「は、はい。発見さえできれば滅するのは難しくありません」
「なら——」
そう言って遠藤はリュックサックの中から大きめのタブレット端末を取り出し、スマートフォンのテザリング機能を使って無線接続する。地図アプリを起動させて、街の中心部の区画を映し出してスクリーンショットを撮った。画像ファイルとなったそれを写真加工アプリで開き、葉月へと見せつけた。
遠藤が何をしているのか皆目検討もついていないといった様子で、葉月は首を傾げる。対して遠藤は何か確信を得た表情で言う。
「ここ最近でお前らが確認した怪恨の出現場所。そいつをこの地図上に書き込めるか? 覚えてる限り、全部だ」
葉月は頭の上に疑問符を浮かべたまま、差し出されるがままにタブレットを受け取る。「この数週間分の出現報告のあった場所はほとんど覚えてますけど……それがいったい……」
「単純な話だ。世の中には自分自身は弱いくせに、他人を顎で使える権力を持った人間ってのはごまんといる。かつ、そういう連中が命を狙われる立場だった場合……普通ならどうするよ?」
「ええと……強い人に代わりに自分を守ってもらう……ですかね」
「その通りだ」と遠藤は確信的な視線を滅恨士の少女に向けた。「こいつは終末の回廊が『他の怪恨を操る力』も持ってんのが前提の話だが……実際あるだろ? そうじゃなきゃ伊庭の話と葉月を護衛していた非正規滅恨士の近くに怪恨が現れたって話に矛盾が出る」
「正直なところ、どこまで意のままに操れるのかは未だに分かっていません。ですが終末の回廊の討伐記録を見てみると、必ずと言って良いほどに自らの周囲に護衛となるような強力な怪恨を連れています」
「そう。それが見える範囲での分かりやすさだ」
遠藤は少しもったいぶるように話を溜めてみたが、葉月の顔がどんどんと困惑に染まっていくのを見て、すぐに結論を言う方向に変えた。
「自分の側を離れない護衛ってのはいわゆる最後の手段だ。そもそも敵を寄せつけたくないってのがステゴロできねえ奴の考え方な訳よ。要するに奴はもっと広い範囲に手駒を配置してたはず。奴を中心にして取り巻くように怪恨を配していたんだよ」
葉月の持つタブレットの背面をコンコンと叩き、災害級と謡われる怪恨を追い詰める手段を明かす。
「一種の地理的プロファイリングって奴だ。『怪恨の出現』っつう無数の事象から奴の居場所を割り出す。ここ最近の強力な怪恨の出現地点を線で結べ。終末の回廊はその中心にいる」




