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 昨夜の一件など梅雨知らずといった様子で朝の金沢はいつも通りだ。近江町市場では狭い小路にいくつもの店が並び、新鮮な魚介類や野菜、果物が絶え間なく売られている。地元の人々や観光客でごった返し、歩くのも一苦労だ。

 遠藤達は、そんな市場の一角にある食堂に集まって少しばかり豪勢な朝食を食べているところだった。

 一階のテーブル席を囲むのは遠藤、葉月、武田、四十沢、紗耶の五人。話題は当然、今後の対策についてだった。

「まずは全員一致してる意見から整理するか」と焼き魚をつつきながら武田が切り出す。「あの非正規滅恨士……伊庭だったか。あいつ自身が重要な駒じゃねえのに異論はねえはずだ。怪恨を使役できる力は確かに厄介だが、今回は奴を潰したところで事態の解決には至らねえ」

 四十沢が相槌を打ちつつ言う。「そもそも奴自身が自分の価値を良く理解している節があるからな」

「同感だ」と遠藤が肯定した。横に座っていた葉月が首を傾げて、「どういう事ですか?」と訊いてきたので、遠藤はなるべく分かりやすさを意識して説明する。「昨日の伊庭って奴の言動を思い出してみろ。異常なほどに『自分自身にヘイトが向く』ように仕向けていただろ。本来なら『終末の回廊』と『伊庭』っつう重りを天秤にかけたら、当然前者の方に天秤は傾く訳だ。災害級の化け物と異能の力なしでも殺せる使い手なら、どっちが重要かは言うまでもねえ」

 遠藤は舌を濡らすように熱いお茶を啜りつつ、話を続ける。

「だから、ああやって無駄に派手に立ち回ったんだ。俺達が本当に重要視しないといけねえ終末の回廊から目を逸らして、どうでも良い駒でしかない自分自身を狙うようにな。非正規の奴を一人殺った辺りなんかは分かりやすい()()()だ」

「でもさ、そもそも敵さんがわざわざ私達の前に出てきた事がおかしくない?」と紗耶が割って入ってくる。「あいつがあの場に姿を見せて、終末の回廊に関して話さなければ、私達は勘違いしたままだったよね?」

「それについては判断しかねる」遠藤は正直に言った。「探そうと思えば理由はいくらでも思いつくしな」

「例えば?」

「あの伊庭って奴の話自体が壮大なミスリード。もしくはやろうとしてる事を包み隠さずに話した上で霞沢を潰すのが目的……とかな。だから、そこをああだこうだと言って混乱してたら、それこそ奴の思う坪な訳だ」

「すでに件の非正規滅恨士を捜索するために動き始めている家もありますからね」と葉月が言った。

 武田が顎に手を当て、「沼井……あの爺さんが当主の家がその担当だったか」と確認するように言う。「伊庭の捜索はそっちに任せとけば良い。その代わり俺達は終末の回廊とかいう怪恨を探し当てるのに集中しねえとな」

「それに、まだ時間はある」と四十沢。「沼井家が伊庭を見つければ、こちらも討伐に向かう時間くらいはあるはずだ」

「……とはいえ、時間が経つにつれ不利になっていくのはこちらです」葉月は自身の推測を述べる。「この状況が本当に終末の回廊の影響によるものだとすれば、怪恨による被害は加速度的に増えていくはずです。時間、場所関係なく怪恨が住民を襲うようになれば、その討伐のために駆り出される滅恨士の人数も増えます……そうなれば……」

「伊庭や終末の回廊を探すための人員も不足していくって訳か」と遠藤が言葉を引き継いだ。

「必要なのは頭数だな」武田が席を立った。すでに皿の上の料理はなくなっていた。「俺は一度署に戻って県警の連中と警視庁に協力を要請してくる。警視庁の特殊部隊の一部は対能力者用の装備を整えてる。必ず役に立つはずだ」

「県警って……石川県警ですねよね?」と葉月が眉をひそめた。「怪恨の存在を知らない人が、この話を信じてくれるでしょうか……?」

「問題ねえ。奴らは怪恨の存在にはとっくの昔に気づいてる。あとは尻を叩くだけだ」

 武田は自分の財布から一万円札を二枚抜き取ると、それを乱暴にテーブルの上に置いた。

「そんじゃあ、俺は先に行くぜ。支払いはそれで済ましとけ」

「おおー、さすがは公務員。お金持ってるねー」

 紗耶の軽口をスルーし、武田は一足早く店をあとにする。



 会計を済ませて食堂から出ると、四十沢が話を切り出した。

「昨日の時点で霞沢十六夜にも話したが、俺の仲間には優秀なハッカーがいる。街中の監視カメラ全てを盗み見る事も可能だ。幸い、実体のある怪恨であればカメラにも写るようだ。俺はこの監視の目を使って出現した怪恨の位置の報告と、伊庭捜索のサポートを行う。……終末の回廊については、やはり専門家に頼むしかないがな。奴に実体がない以上、監視カメラによる索敵はできそうにない」

「おいおい、さっきはその怪恨を探すって方向で一致したじゃねえか」

 当初の予定から逸脱しようとしている四十沢に向けて、遠藤は不信な視線を注ぐ。

「適材適所という奴だ」と四十沢は淡々と答えた。「連絡網が整い切っていない以上、怪恨発見から現場に伝達されるまでは若干のタイムラグがある。仲間の得た情報は一度俺を通さなければいけないからな」

「…………」

「もちろん終末の回廊を発見し次第、俺を呼び戻してもらって構わない。その役割を放棄するつもりはない」

 遠藤は小さく溜息をついた。「……ま、言ってる事は間違っちゃいねえか」次いで葉月へと目線を傾ける。「とはいえ俺らのアタマはあくまで葉月だ。最終的な判断はこいつに任せねえとな」

「はえ!? わ、私ですか……!?」

「なに慌ててんだ。当然だろ? 末端は好き勝手言う権利こそあるが、それを聞き入れるかどうかの裁量は司令塔にしかねえ」

「そうだな。これは俺個人の意見でしかない。承諾するか拒否するかは葉月君の判断を仰ぐ」

 一見、良い歳した大人が寄ってたかって年端も行かぬ少女を困らせているようにしか見えないが、この問題は異形絡みだ。遠藤や四十沢はどこまで行っても門外漢。怪恨という不純物の入り混じった世界で、自らの常識だけで動けば、それが予想外の事態を招いてしまう可能性もある。

「ええっと……その……」眼鏡の弦をいじくりながら言葉に詰まる葉月。

 やはり、いきなり判断を丸投げするのは無理かと思っていると、紗耶が助け舟を出してきた。

「良いんじゃない? 葉月も四十沢さん達の意見が的外れとは思ってないんでしょ?」

「それは……もちろん、そうだけど……」

「『下の意見を尊重して汲み上げるのも当主の役目』っておじいちゃんが良く言ってるのよ」紗耶が言っているのは、おそらく沼井重勝の事だろう。昨日の会議の時にもいた老齢の男性滅恨士だ。「もし自分の判断が間違っていたのなら、それはあとで取り返せば良いだけ。当主っていう肩書にはそれだけの力があるんだからさ」

「そういう事だ」遠藤は紗耶に同意し、「まあ一個だけ訂正するんなら」と言葉を差し込んだ。「葉月が俺らの意見を聞き入れた結果、悪い事が起こったとしても一人で責任背負い込む必要はねえ。そのミスは俺達全員で挽回すりゃ良いんだ」

「顔に似合わず良い事言うねえ、遠藤さん?」

「ほっとけ」遠藤は虫を払うような動きで紗耶を突き放す。

 そして葉月が微笑を浮かべて言った。「あはは……皆さん優しいですね」

「当然だ。葉月が俺達の命を預かってるだけじゃねえ。俺達も十六夜さんからお前の事を預かってんだ。特に俺は最初に葉月と会った日からな。……で、どうするんだ? お前の判断を聞かせてくれ」

 すると葉月は四十沢の方へと向かい、深く頭を下げた。「この状況において、四十沢さんの情報網は私達の生命線にも等しいです。分家と非正規の皆さんをよろしくお願いします」

 四十沢も葉月の言葉に満足したように頷いた。「役目はしっかりと果たすつもりだ」

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