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 新大阪から金沢行きのサンダーバードに乗車し、列車に揺られる事約二時間。

 窓から見える景色はすっかりと変わり、都会とは掛け離れた広大な自然が広がっていた。刈谷(かりや)曰く金沢駅周辺はかなり開発が進んでいて、田舎という感じは全くしないらしいが、それ以外の場所は大阪と比べたらやはりローカルな印象は否めない。

 ——違う環境……ねえ……。

 高速で流れていく景色をぼーっと眺めつつ、刈谷に言われた事を思い起こす。

 ——こんな事で何かが変わるっていうのかよ……。

 自然に囲まれたのどかな温泉街で寝泊まりし、観光地を見て回って、美味しい料理でも食べて過ごす——いかにも普通の人間がやりそうな事だ。永遠に普通にはなれない遠藤(えんどう)が普通の真似事をしてみたところで、この行き詰まった人生を打開する手立てが見つかるとは到底思えなかった。

 ——ま……そう考えてる事自体があいつにとっちゃあ『思考の硬直』って訳なんだろうな……。

 沈んだ気分の中で自問自答を繰り返したところで仕方がないのも、また事実なのだろう。このまま仕事を請け続けても良い結果が出ない事くらいは、今の遠藤でも分かる。この際、現状を変えられるかどうかは脇に置いておいて、とにかく一度頭を冷やしてみるのも良いのかもしれない。

 そんな事を考えていると窓越しの光景が一変する。人工物のほとんどない田園風景が、それとは正反対の都市に様変わり。高層ビルというほどではないが、背の高い建物が並び立つ景色に移り変わっていった。

 遠藤は濃紺のチノパンのポケットからスマートフォンを取り出して時間を確認する。画面上のデジタル時計は午後四時五分を示していた。夕焼け空は一時間もすればすぐに暗闇に変わり、肌寒い夜がやってくるだろう。車内のアナウンスがもうすぐ金沢駅に到着する事を伝える。それを聞いた遠藤は、座席上の棚に置いてあった大きめのリュックサックと安物の竹刀袋を手に取った。当然、中身は競技用の竹刀などではなく本物の日本刀である。旅行するだけなら必要ないとは分かっていても、仕事道具が手の届くところにないと落ち着かないのは殺し屋の性か。

 カーキ色のワークシャツの上から黒のダウンジャケットに袖を通し、荷物を持って出口に向かう。着替えなどが入ったリュックサックはもちろんだが、絶対に落とす訳にはいかない竹刀袋に関しては特にしっかりと肩に担ぐ。

 特急がホームに参着し、自動ドアが開く。大阪とは異なる強烈な冷気が顔の肌を突き刺した。すぐに吐息が白く濁る。両手を上着のポケットに突っ込んで暖を取りつつ、アスファルト製のホームに降り立った。オフシーズンだからか人の姿はまばらだ。下りの階段を見つけると、のそのそと緩慢な動きで下りていく。改札に切符を通し、竹刀袋が引っ掛からないように気をつけながら出ていく。

 駅の内観はところどころに和風な雰囲気が感じ取れる造形をしていた。東口と西口を繋ぐ大通路には、木製と思われる門型柱がいくつも設置されている。

 ——さて……バス停はと……。

 駅内の案内板を見てみると、どうやら両端の出入口を出てすぐのところにバスの発着場があるらしい。無論、初めてここに来た遠藤がどちらから乗れば良いかなど分かるはずもない。

 とはいえ旅館のチェックインまで、まだ時間はある。慌てる必要はない。分からなければ、どちらも当たってみれば良いだけだ。

 遠藤は二つの出入口を見比べ、何となく特徴的な方から出て行ってみる事にした。

 ——写真で見た事はあるが……思った以上にデカいな……。

 出口付近に来てすぐさま目に飛び込んできたのは木造の巨大な門。螺旋を描くような二本の柱の上に、網目模様の屋根が乗ったような形。能楽器の鼓をイメージして建造された鼓門(つづみもん)だった。

 門の手前にはバスの発着場が並び、次々とやってくるバスに乗り込む人々が見える。そのほとんどが現地の人間ではなく観光目的で来た者達であろう事は容易に想像がついた。外国人の割合も高い。

 遠藤は出口を出て発着場に向かおうと——

「あ……?」

 ——したところで急に違和感を覚える。

 まず最初に気づいたのは自分の視界だ。遠藤は今しがた目的の場所にも向かうために出口を通り抜けたはずだ。なのに今目の前に見えるのはバス停ではなく、人の行き交う駅内の様子。つまりは遠藤の向いている方向が一八○度転換していた。

 すぐさま背後を振り向く。やはりそこには一瞬前までと同じ光景が広がっており、普通に人が出入りしては各々が目的地へと歩を進めている。

 遠藤は生唾を飲み込み、再度建物の外へ出ようと試みる。

 しかし結果は同じ。気がつけば自分の体は反転し、屋内に戻されていた。

「何が……起きてる……?」頭の中が疑問符で埋め尽くされる。周りから白い目で見られても構わないと思いながら、反対側の出口へと走る。マナー度外視の遠藤の行動に目を向ける者は誰一人おらず、そのまま自動ドアを通り抜けるが——待っていた結果は全く変わらなかった。視界に映るのは屋内を行き交う人の波だけだった。

 遠藤は一気に気味が悪くなり、とにかく誰でも良いからと声をかけようとする。手近にいた駅員の肩を掴んで話し掛けようとしたところで、決定的な一打を浴びせられた。

 擦り抜けた。

 さながら立体映像にでも触れたかのように遠藤の手は駅員の肩を透過して虚空を切る。駅員は遠藤の存在など全く意識に入っていないといった様子で、どこかに歩き去っていった。

 ようやく遠藤も気づき、事態を受け入れる。

 今いるここは、遠藤の知っている現実世界ではない事を——。


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